第一六話 新人アリシア、初仕事

翌朝。

制服に袖を通したアリシアが、玄関ホールに現れた。

緊張でガチガチに固まっている。

制服はお母さんのお下がりだが、細身で背が高いからよく似合っていた。


「お、おはようございます! 本日からよろしくお願いします!」


「おはよう、似合ってて可愛いわよ」


「あ、ありがとうございます……」

頬に手を当て、恥じらうアリシア。

十八歳と聞いたけど、まだ少女のように初々しい。


眼帯はそのまま。

「これは……特殊な生地でできてて、透けて見えるんです」


そう言って、アリシアは少し気まずそうに笑った。


時々失敗をするのは――どうやら眼帯のせいじゃなく、性格の問題っぽい。


一ツ目は、ご先祖に魔物の血が混じっていて、

その影響で現れてしまったらしい。


宿を転々として定住する場所もなかった彼女は、

二階の一室を使って、うちで住み込みで働くことになった。


「じゃあまずは、長期滞在のお客さんにご挨拶がてら、ベッドシーツ交換をお願いね」


「はいっ!」


やたら元気だけど……昨日は張り切りすぎてやらかしたから。心配だ。



コンコン。

「シーツの交換に来ました!」


「……入ってくれ」


ハマーの部屋だ。


「失礼します。本日からリングベルで働くことになりました、アリシアです! 

よろしくお願いします!」


「……ああ」


その瞬間、腰の魔剣がピクッと反応し、黒い靄が鞘の隙間からわずかに漏れ出した。

「……ん?」


アリシアが首をかしげつつ、せかせかとシーツ交換を始める。


眼帯が気になったのか、ハマーが口を開いた。


「……目が見えないのか?」


「いえ、見えてます! これは……ファッションで!!」


「……そうか」

ふっ、と剣を見るハマー。


「この剣の反応……魔物の血が混じっているんだな」


「ギクッ!?」


わざとらしいほどに肩を震わせるアリシア。


「わ、私の親は普通の人間なんですけど……その、先祖がサイクロプス族で……」


「……そうか。無理に言わせてしまったな。すまなかった」


「い、いえっ! 趣味で眼帯してるってことにしてください!!」


やや強引にシーツを整え、ペコリと頭を下げる。


「それでは失礼します!」


「また、頼む」


「はいっ!!」


パアッと笑顔になり、アリシアは部屋を出ていった。


しばし沈黙のあと、ハマーがシーツに目をやる。


「……シワだらけだな……」



「次はミレーネさんの部屋か」


コンコン。

「シーツの交換に来ました!」


「どうぞ〜」


ドアを開けた瞬間、小さな影がアリシアに飛びつき、その体によじ登った。


「わわわわわっ!?」


「モモっていうのよ。どうやらあなたに興味津々みたいね」


「わ、私、本日からリングベルで働くことになったアリシアで……」


言いかけたところで、モモが眼帯をずりっと下ろす。


「ひゃあっ!?」

一ツ目が露わになり、慌てて手で隠すアリシア。


「あら」


「魔物……との混血ね」


「……はい」


「そう。私は魔物使いなの」


「……はい?」


スッと近づき、目を覗き込むミレーネ。


「大きな一ツ目……すごく綺麗ね」


「あなた、欲しくなっちゃった」


「こ、困りますーっ!! 私はリングベルの従業員なんですー!!」


「ふふっ、冗談よ」


──嘘だ。


一ツ目が告げている。これは冗談ではない、と。


「ししし、失礼しますっ!!」


シーツ交換もそこそこに、アリシアは部屋を飛び出していった。



「はぁ……びっくりした……でもなんとか──」


抱えたシーツ籠で前がよく見えず、階段の段差に足を取られた。


「きゃあっ!?」


ゴロゴロゴロッ!!


派手な音を立てて転げ落ち、うつ伏せで倒れ込む。


「アリシア!? 大丈夫!?」


「だ、大丈夫です!」


泣きそうな顔で立ち上がるアリシア。

ずれた眼帯の下から、涙目になった一ツ目がのぞいている。


「……眼帯、ずれてるわよ」


「あわわわ……!」


慌てて隠しながら、姿勢を正して叫ぶ。


「シーツ交換、終わりました!」


「上手くできた?」


「は、はい……一応です」


「既にすごく疲れてるように見えますけど……」


「だ、大丈夫です! ぜんっぜん元気です!!」


両手をグーにして胸の前に構え、必死に気合いを入れるアリシア。


宿屋リングベル、彼女の従業員としての一日は──まだ始まったばかりだった。

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