第一六話 新人アリシア、初仕事
翌朝。
制服に袖を通したアリシアが、玄関ホールに現れた。
緊張でガチガチに固まっている。
制服はお母さんのお下がりだが、細身で背が高いからよく似合っていた。
「お、おはようございます! 本日からよろしくお願いします!」
「おはよう、似合ってて可愛いわよ」
「あ、ありがとうございます……」
頬に手を当て、恥じらうアリシア。
十八歳と聞いたけど、まだ少女のように初々しい。
眼帯はそのまま。
「これは……特殊な生地でできてて、透けて見えるんです」
そう言って、アリシアは少し気まずそうに笑った。
時々失敗をするのは――どうやら眼帯のせいじゃなく、性格の問題っぽい。
一ツ目は、ご先祖に魔物の血が混じっていて、
その影響で現れてしまったらしい。
宿を転々として定住する場所もなかった彼女は、
二階の一室を使って、うちで住み込みで働くことになった。
「じゃあまずは、長期滞在のお客さんにご挨拶がてら、ベッドシーツ交換をお願いね」
「はいっ!」
やたら元気だけど……昨日は張り切りすぎてやらかしたから。心配だ。
◇
コンコン。
「シーツの交換に来ました!」
「……入ってくれ」
ハマーの部屋だ。
「失礼します。本日からリングベルで働くことになりました、アリシアです!
よろしくお願いします!」
「……ああ」
その瞬間、腰の魔剣がピクッと反応し、黒い靄が鞘の隙間からわずかに漏れ出した。
「……ん?」
アリシアが首をかしげつつ、せかせかとシーツ交換を始める。
眼帯が気になったのか、ハマーが口を開いた。
「……目が見えないのか?」
「いえ、見えてます! これは……ファッションで!!」
「……そうか」
ふっ、と剣を見るハマー。
「この剣の反応……魔物の血が混じっているんだな」
「ギクッ!?」
わざとらしいほどに肩を震わせるアリシア。
「わ、私の親は普通の人間なんですけど……その、先祖がサイクロプス族で……」
「……そうか。無理に言わせてしまったな。すまなかった」
「い、いえっ! 趣味で眼帯してるってことにしてください!!」
やや強引にシーツを整え、ペコリと頭を下げる。
「それでは失礼します!」
「また、頼む」
「はいっ!!」
パアッと笑顔になり、アリシアは部屋を出ていった。
しばし沈黙のあと、ハマーがシーツに目をやる。
「……シワだらけだな……」
◇
「次はミレーネさんの部屋か」
コンコン。
「シーツの交換に来ました!」
「どうぞ〜」
ドアを開けた瞬間、小さな影がアリシアに飛びつき、その体によじ登った。
「わわわわわっ!?」
「モモっていうのよ。どうやらあなたに興味津々みたいね」
「わ、私、本日からリングベルで働くことになったアリシアで……」
言いかけたところで、モモが眼帯をずりっと下ろす。
「ひゃあっ!?」
一ツ目が露わになり、慌てて手で隠すアリシア。
「あら」
「魔物……との混血ね」
「……はい」
「そう。私は魔物使いなの」
「……はい?」
スッと近づき、目を覗き込むミレーネ。
「大きな一ツ目……すごく綺麗ね」
「あなた、欲しくなっちゃった」
「こ、困りますーっ!! 私はリングベルの従業員なんですー!!」
「ふふっ、冗談よ」
──嘘だ。
一ツ目が告げている。これは冗談ではない、と。
「ししし、失礼しますっ!!」
シーツ交換もそこそこに、アリシアは部屋を飛び出していった。
◇
「はぁ……びっくりした……でもなんとか──」
抱えたシーツ籠で前がよく見えず、階段の段差に足を取られた。
「きゃあっ!?」
ゴロゴロゴロッ!!
派手な音を立てて転げ落ち、うつ伏せで倒れ込む。
「アリシア!? 大丈夫!?」
「だ、大丈夫です!」
泣きそうな顔で立ち上がるアリシア。
ずれた眼帯の下から、涙目になった一ツ目がのぞいている。
「……眼帯、ずれてるわよ」
「あわわわ……!」
慌てて隠しながら、姿勢を正して叫ぶ。
「シーツ交換、終わりました!」
「上手くできた?」
「は、はい……一応です」
「既にすごく疲れてるように見えますけど……」
「だ、大丈夫です! ぜんっぜん元気です!!」
両手をグーにして胸の前に構え、必死に気合いを入れるアリシア。
宿屋リングベル、彼女の従業員としての一日は──まだ始まったばかりだった。
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