第一四話 ぎっくり腰は突然に
「よいしょっと……あ、あれ?」
「……ひぎゃっ!?」
床掃除用の水桶を持ち上げた瞬間、腰に激痛が走った。
その場に崩れ落ち、動けなくなる。
(い、痛い……これが噂のぎっくり腰!?)
「ちょ、ホリィ!? なに大げさな声出してんの」
「う、うごけない……腰が……ぎっくり腰……!!」
「はぁ!? まだ若いのにぎっくり腰って!」
サリィは呆れ顔で言いながら私を引っ張り起こそうとする。
が、痛みに「ひいっ」と涙目で声を上げるばかりで立ち上がれない。
結局その日、宿の仕事はすべてサリィがひとりで切り盛りすることになった。
私は部屋で横になり、ただ天井を見上げるばかり。
「ふう……大変ねぇ。シーツ替えに清掃、配膳、ぜんぶ私ひとりだなんて」
「ご、ごめんなさい……」
「まあいいわ。ホリィが動けないんじゃ仕方ないし」
口では軽く言うものの、忙しさは倍増しているらしい。
夕食のピーク時には客室から「水!」「毛布追加!」と呼び声が飛び交い、
私は「すぐ行きます!」と無理して立ち上がろうとして――
ビキッ。
「ぎゃああああ!!」
再びベッドに沈む。
「だ、誰か私に……コルセットを……」
◇
閉店後。
流石の姉さんにも疲労の色がにじんでいた。
「調子はどう?」
「まだ……痛みます」
私はいまだベッドに沈んだまま呟く。
「お風呂入りなさい。汗かいたままじゃ寝れないでしょ」
「でも……今日は……」
「私が手伝ってあげる」
「ええっ!?」
半ば強引に抱えられ、私はお風呂場へ。
「よいしょっと。はい、腕あげて。服脱がすから」
「ひゃ、ひゃい……」
「なによ、そんな真っ赤になっちゃって。姉妹でしょ」
……そりゃあ恥ずかしいに決まってる。
人に服を脱がされたことなんて一度もないんだから。
そもそもそんなシチュエーションなんて――って、何考えてるんだ私!
姉が下着に手をかける。
「しっ下はいいから!」
「屈めないでしょ、大人しくしてなさい」
そう言って姉さんは下着を足元まで下ろす。
いくら姉妹とはいえ、これはやっぱり恥ずかしい。
私の身体を丁寧に洗ってくれる姉さん。
正面に回ってきたとき、否応なく気づかされる。
細い腰に豊かな胸、つやつやの肌――堂々とした姉のスタイル。
一方の私は……ため息が出るくらい幼い。
「……私、やっぱりまだまだ子どもだなぁ……」
「ん? なにか言った?」
「な、なんでもないですっ!」
湯気にまぎれ、私は未熟な体をさすりながらため息をついた。
でも……小さい頃もこうして洗いっこしたっけ。懐かしいな。
そんな思い出に浸っていたら、姉さんの手にある泡立ったタオルが、
下半身へ近づいてきて――。
「そそそそこはいいです!!」
「手は動くから自分でやりますっ!」
「あらそう? はいはい。じゃあ任せるわ」
「……なんでちょっと残念そうなんですか!」
◇
夜。
椅子に腰掛ける私の髪を、サリィがタオルで拭きながら笑った。
「でもね、ホリィ。普段はあんたが全部仕切ってるから、こうして少し休んでくれると、逆に安心するわ」
「……姉さん」
「だからたまには甘えなさい。私だって、やればできるんだから」
胸がじんと熱くなる。
姉に任せられる安心感。私が一人で背負わなくてもいいんだ、と。
「ありがとう……姉さん」
私はかすかに呟いた。
やっぱり私、姉さんが大好き。
「……とはいえ病気や怪我になったときのことを考えると、やっぱりもう一人くらい欲しいわね」
「お父さんお母さんがいた頃は、私たちも子どもながらに手伝ってたでしょ。
あのときは四人だったから、どうにか回ってたのよ」
サリィの言葉に、私はうなずく。
……確かに二人だけでは、心許ない。
◇
翌朝。
奇跡的に腰はほぼ回復していた。
私はエプロンを締め直し、帳簿を抱えてカウンターへ。
「昨日休んだぶん、今日は張り切って働きます!」
「ふふ。でも無理して、また腰をやらないようにね」
笑い合ったそのとき、宿のドアがそっと開いた。
そこに立っていたのは、淡い水色の髪をした長身の少女。
前髪の下の両目を覆う黒い眼帯が、不気味なほど目立っていた。
「……お腹、空いた……」
不思議な新しい客の影が、宿屋リングベルに差し込んだ。
腰痛は治まったのに……今度は胃痛の予感がします!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます