第一四話 ぎっくり腰は突然に

「よいしょっと……あ、あれ?」


「……ひぎゃっ!?」


床掃除用の水桶を持ち上げた瞬間、腰に激痛が走った。

その場に崩れ落ち、動けなくなる。


(い、痛い……これが噂のぎっくり腰!?)


「ちょ、ホリィ!? なに大げさな声出してんの」


「う、うごけない……腰が……ぎっくり腰……!!」


「はぁ!? まだ若いのにぎっくり腰って!」


サリィは呆れ顔で言いながら私を引っ張り起こそうとする。

が、痛みに「ひいっ」と涙目で声を上げるばかりで立ち上がれない。


結局その日、宿の仕事はすべてサリィがひとりで切り盛りすることになった。

私は部屋で横になり、ただ天井を見上げるばかり。


「ふう……大変ねぇ。シーツ替えに清掃、配膳、ぜんぶ私ひとりだなんて」


「ご、ごめんなさい……」


「まあいいわ。ホリィが動けないんじゃ仕方ないし」


口では軽く言うものの、忙しさは倍増しているらしい。

夕食のピーク時には客室から「水!」「毛布追加!」と呼び声が飛び交い、

私は「すぐ行きます!」と無理して立ち上がろうとして――


ビキッ。


「ぎゃああああ!!」


再びベッドに沈む。


「だ、誰か私に……コルセットを……」



閉店後。


流石の姉さんにも疲労の色がにじんでいた。


「調子はどう?」


「まだ……痛みます」

私はいまだベッドに沈んだまま呟く。


「お風呂入りなさい。汗かいたままじゃ寝れないでしょ」


「でも……今日は……」


「私が手伝ってあげる」


「ええっ!?」


半ば強引に抱えられ、私はお風呂場へ。


「よいしょっと。はい、腕あげて。服脱がすから」


「ひゃ、ひゃい……」


「なによ、そんな真っ赤になっちゃって。姉妹でしょ」


……そりゃあ恥ずかしいに決まってる。

人に服を脱がされたことなんて一度もないんだから。

そもそもそんなシチュエーションなんて――って、何考えてるんだ私!


姉が下着に手をかける。


「しっ下はいいから!」


「屈めないでしょ、大人しくしてなさい」


そう言って姉さんは下着を足元まで下ろす。

いくら姉妹とはいえ、これはやっぱり恥ずかしい。


私の身体を丁寧に洗ってくれる姉さん。

正面に回ってきたとき、否応なく気づかされる。


細い腰に豊かな胸、つやつやの肌――堂々とした姉のスタイル。

一方の私は……ため息が出るくらい幼い。


「……私、やっぱりまだまだ子どもだなぁ……」


「ん? なにか言った?」


「な、なんでもないですっ!」


湯気にまぎれ、私は未熟な体をさすりながらため息をついた。

でも……小さい頃もこうして洗いっこしたっけ。懐かしいな。


そんな思い出に浸っていたら、姉さんの手にある泡立ったタオルが、

下半身へ近づいてきて――。


「そそそそこはいいです!!」


「手は動くから自分でやりますっ!」


「あらそう? はいはい。じゃあ任せるわ」


「……なんでちょっと残念そうなんですか!」



夜。


椅子に腰掛ける私の髪を、サリィがタオルで拭きながら笑った。


「でもね、ホリィ。普段はあんたが全部仕切ってるから、こうして少し休んでくれると、逆に安心するわ」


「……姉さん」


「だからたまには甘えなさい。私だって、やればできるんだから」


胸がじんと熱くなる。

姉に任せられる安心感。私が一人で背負わなくてもいいんだ、と。


「ありがとう……姉さん」

私はかすかに呟いた。


やっぱり私、姉さんが大好き。


「……とはいえ病気や怪我になったときのことを考えると、やっぱりもう一人くらい欲しいわね」


「お父さんお母さんがいた頃は、私たちも子どもながらに手伝ってたでしょ。

あのときは四人だったから、どうにか回ってたのよ」


サリィの言葉に、私はうなずく。


……確かに二人だけでは、心許ない。



翌朝。


奇跡的に腰はほぼ回復していた。

私はエプロンを締め直し、帳簿を抱えてカウンターへ。


「昨日休んだぶん、今日は張り切って働きます!」


「ふふ。でも無理して、また腰をやらないようにね」


笑い合ったそのとき、宿のドアがそっと開いた。


そこに立っていたのは、淡い水色の髪をした長身の少女。

前髪の下の両目を覆う黒い眼帯が、不気味なほど目立っていた。


「……お腹、空いた……」


不思議な新しい客の影が、宿屋リングベルに差し込んだ。


腰痛は治まったのに……今度は胃痛の予感がします!

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