第十三話 変態商人とベッドメイク


──その日、事件は起きた。


平穏な日常に突如舞い込む“想定外”。

それこそが宿屋リングベルの常なのだ。



「ほう……以前来たときは夫婦が営んでいたが、今はこんな美人姉妹がやっているとは」


チェックインの際、太ったおじさん商人が目を細めて言った。


「はぁ……どうも」

私はぎこちなく返事をする。


「ふふん」

サリィは胸を張り、鼻で笑っている。


……なぜか私のほうが恥ずかしい。



午後、廊下で声をかけられた。


「すまんが、シーツを汚してしまってな。取り替えて欲しいのだ」


「わかりました。すぐに伺いますね」


私は洗濯場から新しいシーツを抱え、おじさんの部屋の前へ。


コンコン、とノックをすると、


「入っていいよ」


と中から声がした。



部屋に入ると、誰もいない。

備え付けの小さなシャワー室から水音がして、声が飛んできた。


「悪いね、手が離せなくて。好きに換えてくれていいから」


「はい、承知しました」


私はベッドへ向かい、シーツを手際よく剥がしていく。

冒険者カップルが宿泊中に“いろいろやらかした現場”に出くわしたこともある。

正直、これくらいなら慣れたものだ。



ガラリ――。


シャワー室のドアが開いた。


「……っ!」


そこに立っていたのは、タオルすら巻かないおじさんだった。


「ええと……! すぐ、私は出ますから!」


慌てて出口へ向かおうとした私の耳に、落ち着き払った声が飛んでくる。


「気にしなくていいよ。そのまま続けてくれ」


「気にします!」


私は必死にシーツをベッドにかけながら、頭の中でツッコミを繰り返した。


……なぜタオルを巻かないのか理解に苦しみます!

……私は今、人生で一番“プロのベッドメイク”を求められている!


おじさんは全く隠す気もなく、わざと私の視界の端に入ってきたり、妙に近づいてきたりする。


(絶対わざとですよね!?)


顔は真っ赤、胃はきりきり、でも手だけは動き続ける――。



ようやくシーツ交換を終えた。

「終わりましたので、失礼します!」


出口へ向かおうとしたその瞬間。


「実はね、君たちのお父さんお母さんとも顔なじみでねぇ……

あの頃は私もモテて……」


私の前に、ずいっと回り込む全裸のおじさん。

ぶらり、と揺れる“アレ”が強引に視界に入ってきた。

世間話をする気満々の顔に、私は凍りつく。


(変態だ。)


「いい加減に――」


我慢の限界で口を開いた、そのとき。


バンッ!


扉が開き、サリィが片手を高々と挙げて現れた。

「はいはーい! 変態退場の時間ですよー!」


「なっ……!?」


「衛兵呼んだからね。宿泊はキャンセル! さっさと荷物まとめて出てけーっ!!」


「ひぃぃぃ!」


おじさんは慌てて荷物を掴み、全裸のまま逃げ出していった。



「ごめんねホリィ、遅くなって」

サリィが肩をすくめる。


私はへたり込みそうになりながら、胃を押さえた。

「……私、絶対寿命縮みました」


サリィはケラケラ笑い、ぽつりとつぶやく。

「……やっぱり用心棒、欲しいわねえ」


「……(もう絶対欲しいです……)」


私は心の中で全力で同意した。



こうしてまた一つ、胃に穴が開きそうな事件が、宿屋リングベルに刻まれ……

正直、早く忘れたいです。

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