第十三話 変態商人とベッドメイク
──その日、事件は起きた。
平穏な日常に突如舞い込む“想定外”。
それこそが宿屋リングベルの常なのだ。
◇
「ほう……以前来たときは夫婦が営んでいたが、今はこんな美人姉妹がやっているとは」
チェックインの際、太ったおじさん商人が目を細めて言った。
「はぁ……どうも」
私はぎこちなく返事をする。
「ふふん」
サリィは胸を張り、鼻で笑っている。
……なぜか私のほうが恥ずかしい。
◇
午後、廊下で声をかけられた。
「すまんが、シーツを汚してしまってな。取り替えて欲しいのだ」
「わかりました。すぐに伺いますね」
私は洗濯場から新しいシーツを抱え、おじさんの部屋の前へ。
コンコン、とノックをすると、
「入っていいよ」
と中から声がした。
◇
部屋に入ると、誰もいない。
備え付けの小さなシャワー室から水音がして、声が飛んできた。
「悪いね、手が離せなくて。好きに換えてくれていいから」
「はい、承知しました」
私はベッドへ向かい、シーツを手際よく剥がしていく。
冒険者カップルが宿泊中に“いろいろやらかした現場”に出くわしたこともある。
正直、これくらいなら慣れたものだ。
◇
ガラリ――。
シャワー室のドアが開いた。
「……っ!」
そこに立っていたのは、タオルすら巻かないおじさんだった。
「ええと……! すぐ、私は出ますから!」
慌てて出口へ向かおうとした私の耳に、落ち着き払った声が飛んでくる。
「気にしなくていいよ。そのまま続けてくれ」
「気にします!」
私は必死にシーツをベッドにかけながら、頭の中でツッコミを繰り返した。
……なぜタオルを巻かないのか理解に苦しみます!
……私は今、人生で一番“プロのベッドメイク”を求められている!
おじさんは全く隠す気もなく、わざと私の視界の端に入ってきたり、妙に近づいてきたりする。
(絶対わざとですよね!?)
顔は真っ赤、胃はきりきり、でも手だけは動き続ける――。
◇
ようやくシーツ交換を終えた。
「終わりましたので、失礼します!」
出口へ向かおうとしたその瞬間。
「実はね、君たちのお父さんお母さんとも顔なじみでねぇ……
あの頃は私もモテて……」
私の前に、ずいっと回り込む全裸のおじさん。
ぶらり、と揺れる“アレ”が強引に視界に入ってきた。
世間話をする気満々の顔に、私は凍りつく。
(変態だ。)
「いい加減に――」
我慢の限界で口を開いた、そのとき。
バンッ!
扉が開き、サリィが片手を高々と挙げて現れた。
「はいはーい! 変態退場の時間ですよー!」
「なっ……!?」
「衛兵呼んだからね。宿泊はキャンセル! さっさと荷物まとめて出てけーっ!!」
「ひぃぃぃ!」
おじさんは慌てて荷物を掴み、全裸のまま逃げ出していった。
◇
「ごめんねホリィ、遅くなって」
サリィが肩をすくめる。
私はへたり込みそうになりながら、胃を押さえた。
「……私、絶対寿命縮みました」
サリィはケラケラ笑い、ぽつりとつぶやく。
「……やっぱり用心棒、欲しいわねえ」
「……(もう絶対欲しいです……)」
私は心の中で全力で同意した。
◇
こうしてまた一つ、胃に穴が開きそうな事件が、宿屋リングベルに刻まれ……
正直、早く忘れたいです。
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