第九話 救出作戦
――サリィは重たいまぶたをゆっくり開けた。
腕が動かない。見下ろすと、両腕が太いロープでベッドの柱に縛り付けられていた。
「っ……」
必死に身をよじったが、縄はびくともしない。
視線を横にやると、上半身裸のレオンが鏡の前で髪をかきあげていた。
その姿はまるで舞台役者のように整っているが、今はただ薄気味悪い。
私は震える声を必死に絞り出す。
「……これはどういうことかしら。私はお話ししてあげるって言っただけだけど」
私を値踏みするように見たあと、レオンが口の端を吊り上げた。
「夜の男女の逢引など、どういうものか、わかっているだろ?」
「……だが少しシャワーを浴びてからだ。戻ったら、ゆっくり味わってあげよう」
そう言い残し、レオンはバスルームに消えていった。
扉が閉じる音がやけに重く響き、部屋に再び静寂が戻る。
サリィは歯を食いしばり、ロープに力を込める。
だが、ほどける気配はない。
(どうして……どうして、こんなことに)
胸の奥に重たいものが広がっていく。
いつも酒を飲んで強がっていた自分が嘘みたいだ。
「ホリィ……」
きっと心配しているだろうな。
でも、相手はSランクの冒険者だ。
あの子にどうこうできるはずがない。
(それどころか……巻き込まれたら……)
そこまで考えて、サリィは慌てて首を振った。
駄目だ。妹に危険が及ぶ想像なんてしたくない。
馬鹿な姉さん、って呆れてるかもしれないな……。
(せめて……心配だけはかけたくなかったのに)
ぎゅっと目を閉じた瞬間、涙が頬を伝った。
「……ごめんね、私、ほんとに駄目なお姉ちゃんで」
◇
一方その頃――。
私は一階の隅で震えていた。
(どうしよう……どうしよう……!)
頭の中で同じ言葉が、ぐるぐると反響する。
相手は手練れ――しかも仲間の美女たちまでいる。
「やめてください」なんて頼んだところで、聞き入れてくれるはずがない。
常連さんたちに助けを求める?
……ううん、そんなことをすればお客さんを危険にさらしてしまう。
(私にできることなんて……なにか……なにか……)
胸が締め付けられる。
目の前が滲んで、膝が震える。
情けなさに奥歯を噛んだ。
(姉さんを助けたい……でも怖い……!)
怖い。怖くて仕方がない。
けれど、ここで逃げたら一生後悔する――。
その確信が胸を刺して、息が詰まりそうになった。
拳を握りしめて俯いたとき――背後から声がした。
「……泣いてる暇はないでしょ」
はっと顔を上げると、そこに立っていたのは――ミレーネさんとハマーさん。
入口の光を背に受けて、二人の姿がやけに頼もしく見える。
「二人とも……!」
「気になって戻ってみたら案の定だな」
ハマーは腕を組み、低くうなずく。
「不幸中の幸いね。レオンの仲間は街に出払ってるの」
ミレーネは冷静な眼差しを向け、口元に笑みを浮かべた。
「だから今が好機よ。――救出作戦を始めましょう」
「えっ……?」
私は目を見開き、胸の奥に小さな火が灯るのを感じた。
「正面からじゃ勝てない。でも、一瞬の隙なら作れる」
ミレーネが決意を帯びた声で告げた。
「どうやって……?」
「俺の魔剣だ」
ハマーは腰の剣に手をかけ、低く続ける。
「ドアの隙間から黒い靄を侵入させ、奴にまとわりつかせて視界を奪う」
「……!」
「その間に、私とホリィとモモで突入する」
ミレーネが畳みかけるように言う。
「ホリィ、あなたは戦う必要はない。
ただ真っ直ぐサリィさんのところへ走って。縄を解いてあげるの」
私は息を飲んだ。怖い。体が震える。
でも――。
モモが「わふっ!」と元気よく吠えて、私の足に飛びついた。
その小さな体が、不思議と大きな勇気をくれた。
「……うん。私、やります! 絶対に姉さんを助ける!」
ミレーネがにっと笑みを浮かべる。
「いい返事。救い出したら、あとは私に任せて」
「時間がない。――行くぞ」
ハマーの低い声が、作戦開始の合図のように響いた。
◇
二階のレオンの部屋前。
「……作戦開始」
ハマーが魔剣をかざし、黒い靄が音もなく部屋の中へと流れ込んでいく。
床を這い、まるで生き物のように蠢きながら、空間そのものを侵食していく。
肌を刺すような冷気が漂い、空気が重たく沈んだ。
私はごくりと唾を飲み込み、震える手でドアノブを握った。
――姉さん、待ってて。
つづく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます