第八話 飲み比べと不穏な影

「さあ、始めるぞ!」


レオンの高らかな声とともに、飲み比べ勝負の幕が上がった。


リングベルの広間は、完全に祭り会場のような熱気だ。

常連客たちは席を取り囲み、声を張り上げている。


「おおー! サリィちゃんいけー!」

「レオン様〜負けないでぇ!」


「ふふん、応援多いわねぇ」


「当然だ。Sランク冒険者の私だからな!」


二人はグラスを掲げ、一気に飲み干す。

――ゴクッ、ゴクッ。


レオンがどん、とグラスを置くと、サリィも同じタイミングで音を立てた。


「……ふぅ。いい飲みっぷりだ、サリィ」


「そちらこそ。まだまだ余裕よ?」


(ほんとに姉さん強いなぁ……)

私は端っこで冷や汗を流しつつ、ハラハラ見守る。



五杯、六杯と進む。

どちらも顔色ひとつ変えず、まるで水でも飲んでいるかのようだ。

むしろ観客が酔っ払ってきている。


「やるわね……」


「君もな。ますます美しい……」


「はいはい口説き文句は要りませーん!」


常連客たちは大盛り上がりだ。


「こりゃあ夜通しコースだな!」

「勝負つくまで寝られん!」


――その時だった。


ぱちん、と小さな音を立てて、広間のランプがふっと落ちた。

一瞬にして闇に包まれ、観客がざわつく。


「おい、暗いぞ!?」「ランプが壊れたのか!?」


(え……なに? 今の……)


暗がりの中、美女三人組の一人が、すっと指先をサリィに向けた。

唇が小さく動き、聞き取れない囁き。

だがそれは――魔法の詠唱。


(まさか……!)


すぐにランプはぱっと再び点灯し、ざわつきは笑いに変わった。

「停電かと思った!」「誰か蹴っ飛ばしたんじゃねぇのか!」


「お騒がせしました、続けましょ!」

サリィはにっこり笑ってグラスを取り、豪快にワインをあおった――が。


「……ん……? なんだか……急に……眠……」


眉をひそめ、視界がとろんと揺らぐ。

次の瞬間、テーブルに突っ伏してしまった。


「姉さん!?」


「勝負あり!」


レオンは立ち上がり、高らかに宣言する。


「我が勝利だ! サリィは私の部屋へ――はーっはっはっは!!」


大金を賭けた者やサリィファンの悲鳴が宿内に響き渡る。


「まじかよー!」「サリィちゃーん!!」「くそぉ羨ましい!」


だがその一方で、数人の客が顔をしかめて叫んだ。


「今の一瞬、ランプが落ちただろ!」

「おい、怪しいぞ! 魔法じゃねえのか!?」


しかし抗議の声は、酔客たちの歓声と怒号にかき消されていく。


冷静に見ていたミレーネが、そっとハマーに近づいた。


「ミレーネよ。……魔剣の持ち主、ハマーさんね。 ねぇ、やっぱり気付いた?」


「……ああ。俺は魔法は使えないが、今のは眠りの類だ」


「明かりが落ちたときも魔力の流れを感じたわ。あの三人のほうから……」

ミレーネがレオンの仲間の三人を睨む。


「とはいえ、Aランクの俺でもSランク冒険者が複数相手ではどうにもできん。

……それに、助けてやる義理もない」


ハマーは腕を組み、目を細める。


「私だってAランクだけどね。でも……ほら、妹さん」


私は呆然と立ち尽くしていた。

姉さんが負けるはずがない。


こんな……こんなのって……。


レオンはサリィを抱えたまま、混乱の渦をものともせず階段を上がっていく。


「姉さんをどこに連れていくんですか!」


慌てて私が駆け寄るも、レオンは意に介さない。


「決まりだ。勝負は勝負。美しいサリィは今夜、私の隣に――」


姉はそのまま二階の部屋へ連れて行かれてしまった。


「ううっ……どうしよう……!」


足は震えているのに、一歩も前へ出せない。

助けたいのに、体が言うことを聞いてくれない。

胸がぎゅっと痛み、喉の奥から嗚咽がこみあげそうになる。


私は震える拳を握る。


――姉さんを、サリィ姉さんを救い出さなきゃ。


でも……戦う力の無い私に、何ができるの……?


姉さんと仲の良かった常連客の男たちが私を心配そうに見つめる。


「なんとか……しなきゃ」


つづく。

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