第五話 ミレーネのお友達

仕事を終え、シャワーを浴びたばかりのサリィが、私の部屋で寛いでいた。


ベッドの上で下着姿のまま片膝を立て、

濡れた黒髪を肩に垂らしながらワインを傾けている。


いや、なにを堂々とそんな格好でくつろいでるんですか。


ランプに照らされた素肌は滴をまとい、ほのかに赤い頬とゆるやかな吐息――

……ただの姉なのに、見てはいけない艶やかさをまとっていた。


“宿のマドンナ”なんて呼ばれるのも当然だ。

けれど私の前だと、こうしてだらけてるから……正直、目のやり場に困る。


「……姉さん、その格好で過ごすのやめてくださいよ」


「閉店後なんだからいいじゃない」


「この前だって酔っ払って下着姿のまま部屋出て接客しましたよね」


「ああ、あのとき? 女の人だったからセーフでしょ」


「余裕でアウトです!!」


タオルで髪を拭きながらため息をつく私に、サリィは面白そうにグラスを差し出す。


「でさ、ハマーさんとミレーネさん、どっちも長期滞在だけど、

何の目的があるんだろうね」


「……さあ。でも、ミレーネさんは街で情報収集しながら

何か大事なものを探してるみたいですよ」


「魔物使いが探しているもの……最強最悪の魔物とか?」


「そんなもの従えて、世界でも滅ぼすつもりですか……」


実際のところ、ハマーさんやミレーネさんはそんな物騒な人たちじゃない。

食事のたびに顔を合わせるけれど、ハマーさんは無口ながら必ず「いただく」と小さく声をかけてくれるし、 ミレーネさんも食後に軽く手を振ってくれる。

トラブルは多少あれど、冒険者らしい荒っぽさはなく、安心できる相手ではある。


「今度酔わせて聞いてみようかしら」


「……巻き込まれるのは嫌ですよ」



翌朝。廊下を歩いていた私は、ミレーネの部屋の扉が少し開いているのに気づいた。

中から、小さな鳴き声がいくつも響いてくる。


「……鳥? いや、子犬? なんの音……?」


そっと覗き込んだ瞬間、私は絶句。


――部屋が、丸ごと動物園になっていた。


鳥の魔物がカーテンレールにずらりと並び、

子犬サイズの魔物がベッドを跳ね回る。


そのうえ、宿のシーツで作られた巨大な巣が部屋の真ん中に鎮座。

まるでサーカス会場のような常軌を逸した光景だった。


「な、ななな……!! これ全部……!?」


ミレーネは無邪気に笑いながら、腕にリスのような魔物を抱えている。


「あっ、ホリィさん。みんな可愛いでしょう? 

夜はシーツを丸めて寝床にしたら落ち着いてくれて」


「それ宿の備品ですからーーー!!!」


騒ぎを聞きつけてサリィが顔を出す。


「なになに、ペットタイム? あら〜可愛いじゃないの」


「姉さん! 呑気なこと言っている場合じゃないです!」


「まぁまぁ。ペット可愛がる人に悪い人はいないわよ。癒やされるわね〜」


そのとき、鳥の魔物が急に部屋の外へ飛び出した。

続いて犬の魔物たちも「わんわん!」と吠えながら、さらには体長五十センチほどのトカゲ型の魔物、ぷにぷにスライムの魔物まで廊下に飛び出していく。

遅れてちびインプの魔物がよちよちと歩いていった。


「あっ! 待ってーーー!!」


宿の中に散らばる魔物たち。私は廊下を全力で追いかけ回す羽目になった。


鳥の魔物が商人の客の部屋に飛び込み、荷物の小袋をつついて金貨をぶちまける。

「うわぁぁぁ!! 俺の売上袋がぁぁ!!」商人が絶叫した。


「すみません!すみません!」


空室に入り込んだ犬の魔物が、ベッドの上ではしゃぎ回る。

「やめてーーー!! シーツまた汚れるーーー!!」


「あっ!? そこでうんちしないで!! あーーっ!! あーーーっ!!」


トカゲの魔物は冒険者のお客さんを威嚇してテーブルの上の料理を食べだす。

「うわっ魔物!?」「斬っていいのか!?」


「違います!! お客さんのペットなんです!! 斬らないでーっ!!」


サリィの足元ではぷにぷにスライムが床をピカピカにしながら暴走している。

「あら、ワックスがけしてくれるの?ありがと」


「従業員として採用したいわ〜。これ、見世物にしたらお客呼べるんじゃない?」

サリィは腕組みして呑気に笑っている。


「笑ってる場合じゃないですってばぁぁぁ!!」


ちびインプの魔物はというと……。


「きゃーかわいい〜!」

女性冒険者たちに抱きしめられていた。


サリィが顎に手を当ててニヤリ。

「あの子はマスコットキャラに決定ね」


「……もうどうにでもしてください」


私は床に手をつき、がっくりと項垂れた。



結局、捕獲作業に丸一時間を要した。

床はぐちゃぐちゃ、シーツはシミだらけ。

泣きそうな私の隣で、ミレーネは「ごめんなさいね〜」と苦笑いしていた。


私は頭を抱えた。


「姉さん、事件です!! 今度は宿が動物園になっちゃいましたぁぁぁ!!」


「いいじゃない、ほら可愛い〜」


「次はもっと可愛い子たち連れてきますね!」とミレーネは嬉しそう。


「やめてーーー!!!」


サリィは腕を組んで、呆れ顔でぽつり。


「……動物園ね、まさに」



こうしてまた、宿屋リングベルの日常は混沌に包まれたのだった。


「掃除がぁぁぁ!! 赤字だあぁぁぁ!!」

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