第四話 チェックアウトの骸骨


「……遅いな」


チェックアウトの時間をとっくに過ぎても、一人の客が部屋から降りてこない。

帳簿を抱えた私は、じっとしていられず廊下をうろうろ。

靴音がカツカツ響いて余計に落ち着かない。


「昨日のノエルってお客さん、全身真っ黒い鎧で……無口な冒険者さんだったよね」


部屋に向かい、勇気を出してノックする。


「……失礼します。チェックアウトのお時間ですが……?」


返事はない。胸がざわつく。まさか倒れてるんじゃ……。


思い切ってドアを開けた瞬間――


「――ひぃッ!!」


ベッドの上に、骸骨が寝ていた。真っ白な骨が人の形そのままで。

枕に頭蓋骨を預けて、すやすや……ってすやすやじゃない!!


(し、死んでる!? 姉さん事件です!!)


思考が一瞬フリーズしたが、ふと冷静になる。


……いや、死んだばかりでいきなり白骨化って、どんな早送り現象?

とまどっていると――


「……あっ、寝すぎちゃった」


骸骨がむくりと起き上がった。


「ぎゃああああああ!!」


私の絶叫。そこへサリィが慌てて飛び込んで――


「どうしたのホリィ……ってぎゃあああああ!!」


二人の悲鳴が合唱になって部屋に響いた。



「……す、すみません。昨日チェックインしたノエルといいます。

すぐ支度して出ますので」


骸骨が恥ずかしそうに頭をかいた。その仕草が逆に怖い。

怖いのにちょっと愛嬌まで感じてしまって余計に混乱する。


「え、えぇと……」

腰が抜けそうになりながら後ずさる私。


「アンデッドの魔物……じゃないですよね?」


「はい、人間です」


「…………」


沈黙。気まずい。いや、人間って言われても骨なんですけど。


「はい、これ聖水です」


ノエルは鞄から小瓶を取り出し、床にポタポタ。浄化の光が広がる。本物の聖水だ。


「確かに聖水ね……」


その聖水をノエルはゴクゴク飲み始めた。

アンデッドならとっくに昇天コースの量だ。

(ていうか、飲んだ分どこに消えてんの!?)


「ぷはぁ、朝はやっぱりコレですね……あっ、もう昼でしたっけ」


「ねっ、人間でしょ?」


「はぁ……」


気づけばノエルは胸元を両手で隠していた。


「……ドア、閉めてもらえますか? こ、こんな姿ですが一応女なので……

裸を見られるのは恥ずかしいんです」


「……」


「……」


(骨なのに恥じらいあるんだ……)



やがて頭から足先まで黒い鎧に包まれたノエルが階下に降りてきた。

鎧姿はただの冒険者。食堂の客たちも気にしない。

さっきの白骨スタイルとの落差が激しすぎて脳が追いつかない。


カウンターに寄ったノエルが小声でつぶやく。


「……驚かせてすみません。わけあって身体を失ってしまって。

今はこの“骸骨の器”で動いているんです」


「……身体を、なくした……?」


「はい。探しているんです。きっとこの近くのダンジョンのどこかに……」


言葉を切って、静かに頭を下げるノエル。


「それでは」


去っていく背中を呆然と見送る。心臓がドクドク、さっきから鳴り止まない。



静かになった廊下で私は深いため息。


「……また変な人と出会っちゃった……」


サリィが神妙な顔で腕を組む。


「姉さん?」


「……あの姿で聖水を楽しめるなら、お酒も飲めるわね」


「今度来たら飲みに誘おうかしら」


さらっと恐ろしい発想をする姉に、私は思わず裏返る。


「やめてください!! 常連化されたらどうするんですか!?」


「絶対トラブル持ち込むタイプですよ!!」


「ふふ、それもスパイスがあって面白そうじゃない?」


姉は楽しげに肩をすくめる。


相変わらず斜め上の発想。私は頭を抱え、深いため息をついた。


「……心臓に悪いから、普通のお客さんが一番いいです……」



こうしてまた一つ、胃に穴が開きそうな思い出が宿屋リングベルに刻まれた。

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