ホラー短編集『江坂の幽霊ホテル』
アフレコ
『江坂の幽霊ホテル』
「割烹 京華」
奥の小上がりは平日の夜ほとんど貸し切り状態だった。
陽平、梨花はライター仲間の高橋達也と飲んでいた。
観光記事を外国人向けに書き、通訳やガイドまでこなすエキスパート。
「この前、万博の仕事が入ったから前乗りしたんだ」
達也が語りだした。
✳︎
江坂のホテル『Lusso』
連休の真っ只中、運の良いことに安いロフト付きの一室が
残っていた。
夜十時、軽く酒を飲み布団へ。
ところが午前二時、唐突に目が覚めた。
頭が妙に冴え、眠気が戻らない。
その時――「カタン」
テーブルの上で、グラスが転がるような乾いた音が響いた。
ガラステーブルに視線を移す。
暗がりの中、椅子に黒い影があった。
人影のようで、人ではない。
深い闇を切り取ったような漆黒。
じっと、こちらを向いている気配。
……見ちゃいけない
達也は目を逸らし、寝返りを打つ。
鼓動が速まり呼吸が浅くなる。
影は動かずただそこに在る。
やがてベッドが軋んだ。
重みが足元から、やがて首筋にのしかかる。
息が詰まり、喉が塞がれる。
「うわああっ!」
叫んで飛び起き、照明を点けた。
部屋は静まり返っている。
ソファに腰を落とし荒い呼吸を整える。
そこは、つい先ほどまで異形が座っていた場所だった。
✳︎
翌朝から首が回らなかった。
肩から頭にかけて重く、鈍痛が数日続いた。
金沢へ戻ると、その足で駅近の美容室「ALEX」へ。
馴染みの椅子に腰を下ろすと、
鏡越しの美沙がじっとこちらを見つめた。
「今日は、なんだか違うね」とつぶやく。
達也は軽く笑ってごまかそうとしたが、
彼女の視線は冷たく鋭かった。
江坂での事象を話すと、美沙は黙って奥へ消えた。
やがて戻ると手にはU字型の持ち手がついた
金属と透明な水晶を持っていた。
「最近ね、空間浄化の教室に通ってて、
これは水晶のヒーリングパワーを引き出す音叉なの」
小さなお香に火をつけると、煙がゆらりと立ち
部屋の空気が重く変わった。
音叉で水晶の底面を軽く叩く。
キーンーーー
音叉で水晶の底面を軽く叩くと鋭い金属音が響き
背筋をぞくりと走らせた。
鏡越し、自分の後ろにうっすら影が揺れる気配。
部屋の空気が凍りつき、何かが息をひそめて
こちらを覗いているように感じた。
熱い紅茶を差し出す美沙の顔を見て
達也は何とか安堵を取り戻したという。
そこまで話すと達也はグラスのビールを飲み干した。
「それで終わり、 じゃなかったんだよ」
美沙と少し会話をして、席を立とうとした時だった。
「ヴオオーーン」
突然の機械音に立ち止まる。
トロリーワゴンの上の業務用ドライヤーが
「ガチッ」と音を立て、勝手に温風を吹き出した。
(自動式?)
美沙は親指をスイッチに当て
押し込みながら上に滑らせてオフにした。
何も無かったように美沙は会話を続け
レジへと向かう。
支払いの最中、達也が言いかけた。
「さっきのドライヤーって…」
美沙は「しっ」と人差し指を唇に立てた。
静かにする合図だった。
「だめ、まだ居るから」
目が合い、達也は全てを悟った。
静かに礼を言い店を後にする。
数日後、店の前を通ると定休日
でもないのにCLOSEの札が下がっていた。
それからひと月ほどして再び美容室を訪れた。
席に座ると、美沙が話し出した。
「この前、あれから大変だったの。次の日から
体調が悪くてしばらくお休みしてたの。
福井県へ行って先生にお祓いしてもらったから
もう大丈夫なんだけどね」
達也は申し訳なくて、それからあの店に
行けていないと言った。
そこまで聞いて、陽平と梨花は
「嘘だ〜〜!!作ったろ?」
口をそろえてツッコんだ。
達也は真顔で
「本当だって!」
ムキになって反論する。
「おまえ昔から話を盛るからなー」
その時だった
小上がり横の洗面所から――
ゴオオオォン……
店内にエアードライ音が響いた。
誰もいないはずの洗面所のエアドライヤー。
空気が振動するように唸り続ける。
三人は思わず顔を見合わせた。
達也は息を飲み、小声で
「だろ、まだ居るんだって」
音は徐々に弱まり、やがて止まった。
背後には微かに風の気配が残っていた。
※注意
本作は実体験に基づいているため物語のような
明確なおちはございません。
ただし祟りや災いを避けるため、場所・人物・日時などの
詳細は意図的にぼかしてあります。
読者の安全と平穏を祈りつつ、恐怖を体感して頂けましたら幸いです。
ホラー短編集『江坂の幽霊ホテル』 アフレコ @afureko
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