第11話 禁断の神殿、世界の「薄い場所」へ
侯爵家の裏庭から続く秘密の通路を進み、俺とリ・ユエは都の外れにある古代神殿の遺跡へとたどり着いた。
外観は、巨大な岩が積み重なった、風化の激しい廃墟だ。しかし、一歩近づくと、空気の質が明らかに変わる。外のざわめきが消え、代わりに、耳鳴りのような静寂が支配していた。
「ここが…」
「ああ、世界の理が最も薄い場所だ」リ・ユエが静かに言った。「私の力は、この場所では不安定になる。世界の『境界線』だからだ」
俺は、真鍮の鍵を握りしめた。鍵は、まるで生きているかのように、手のひらで微かに熱を帯びていた。
「この鍵は、ただの扉を開けるものじゃない。この世界の『システム』にアクセスするための認証キーだ」
俺は鍵を、遺跡の入り口にある、古びた石の扉の鍵穴に差し込んだ。鍵穴は一見、ただの窪みにしか見えないが、鍵が触れた瞬間、青白い光を放ち始めた。
キィィィィン――
金属が擦れるような甲高い音が響き渡り、石の扉全体に複雑な紋様が浮かび上がる。
「シン・ジエン、君の知略は、本当に恐ろしい」リ・ユエが囁いた。「君は、この世界をゲームとして捉えているから、この鍵の真の機能を理解できる」
「ゲームの悪役令息だからな。バグを見つけるのは得意でなきゃ、生き残れない」
扉がゆっくりと開き始める。中から流れ込んできたのは、冷たい風と、微かな呪文の反響だった。
「行くぞ、リ・ユエ。ここから先は、俺の知ってるゲームのシナリオの外側だ」
「ああ。私の狂気が再び暴走しても、君は決して手を離すな」
俺たちは、互いの決意を確かめ合い、神殿の内部へと足を踏み入れた。
内部は、予想以上に広大で、天窓から差し込む光が、中央の祭壇を照らしていた。床や壁には、俺たちが古文書で見た古代の盟約の文字がびっしりと刻まれている。
「この文字…これが、この世界を『虚構』として維持している根幹だ」リ・ユエが祭壇に近づきながら言った。
「つまり、この神殿は、この世界という名の『プログラム』が稼働しているサーバー室ってわけか」俺は壁の文字を指さしながら尋ねた。
リ・ユエは首を横に振る。
「違う。この神殿は、『盟約の証』そのものだ。この世界の創造主が、私に『世界の柱』としての役目を負わせた、契約書だ」
彼は、祭壇の中央に掘られた窪みに触れた。
「盟約の儀式を行うには、贄の証が必要だ。それは、この窪みに、私の血を捧げること」
リ・ユエは、ためらうことなく、指先に自分の異能の力を集中させ、皮膚を僅かに切り裂いた。鮮やかな青い血が、窪みに滴り落ちる。
窪みが光を放ち始め、祭壇全体が共鳴し始めた。リ・ユエの身体から、世界の重みが一斉に引き剥がされようとするかのような、凄まじい力が放出される。
「シン・ジエン! 今だ!」
リ・ユエが叫んだ。彼の顔は苦痛に歪んでいた。盟約の鎖が、彼の魂から引き剥がされ始めているのだ。
俺は、祭壇の横にある、もう一つの小さな台座に、手を置いた。
「わかってる! ここで俺の魂を、あんたの鎖の隣に繋ぐ!」
俺は、リ・ユエが以前呟いた古代の呪文を、記憶を頼りに唱え始めた。それは、世界システムに直接干渉する、魂の接続コマンドだった。
「我が魂は、理の外より来たれり。汝の重荷を、我に分かたせよ――!」
俺が呪文を唱え終えると、俺の全身が、リ・ユエと同じ青白い光に包まれた。
「…頼むぞ、俺の知略」
俺は、リ・ユエとの魂の共有という、賭けの最終段階へと踏み出した。
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