第3話 瓦礫の街で、初めての対話

 リ・ユエは背を向けたまま、静かに歩き去ろうとしていた。彼の後姿は、まるで彫刻のように完璧だが、どこか不安定な危うさをはらんでいる。俺は、その背中をただ見つめていた。


「おい、待て!」


 我知らず、声が出ていた。


 リ・ユエの足が止まる。彼は振り返らず、ただ首だけをわずかに傾けた。その動作が、俺の言葉を待っているように感じられた。


「…その『嘘』ってなんだ? お前が見たのは、俺がこの世界の人間じゃないってことだけか?」


 俺の問いに、彼はゆっくりと振り返る。彼の瞳は、先ほどまでの荒々しい光を失い、深い湖のように静まり返っていた。


「…君の魂は、この世界の物語には存在しない。…だが、嘘をつく存在でもない」


 彼の言葉は、俺の胸に突き刺さった。ゲームの攻略本には、リ・ユエは「寡黙で無口」と書かれていた。だが、目の前の彼は、俺の魂のあり方を見抜くほどの深い洞察力を持っていた。


「君の存在は、俺の能力を乱す。…だから、関わらないでほしい」


 彼はそう言って、再び歩き始めようとした。


「待てよ! 少なくとも、なぜそんな力を持っているのか教えてくれ!」


 俺は一歩踏み出し、叫んだ。リ・ユエの足が止まる。彼は眉間にしわを寄せ、明らかに苛立っているようだった。


「…知る必要はない」


「なぜだ! あんたの力は、この世界を崩壊させてるんだぞ!」


 俺の言葉に、彼は顔色を変え、一瞬で俺の目の前に移動していた。そのスピードは、まるで空間を飛び越えたかのようだった。


「…!?」


 リ・ユエは、俺の胸ぐらを掴むと、冷たい目で俺を見下ろした。その表情は、先ほどの静けさとは打って変わって、怒りと苛立ちに満ちていた。


「…この世界は、最初から壊れている。俺は、それを繋ぎ止めているだけだ。君のような、異物が入ってきたことで、『物語』の均衡が崩れた」


 彼はそう言って、俺を壁に押し付ける。背中に瓦礫が刺さり、鈍い痛みが走った。


「…そうか、俺がゲームのシナリオを壊したから、あんたの能力が暴走したのか…」


 俺は、彼の言葉からこの世界の核心を理解した。この世界は、誰かが作った「物語」だ。そして、俺という異物が入り込んだことで、物語の歯車が狂い、リ・ユエの力も制御を失った。


 俺は恐怖を振り払い、リ・ユエの目をまっすぐに見つめた。


「…なら、俺はあんたを助ける」


 その言葉に、リ・ユエの怒りが一瞬で消え失せた。彼は驚きに目を見開き、俺から手を離した。


「…何を、言っている?」


「あんたの力が、俺という『異物』に影響されているなら、俺があんたの能力を制御する鍵になれるかもしれない。だから…」


 俺は震える声で続けた。


「…だから、一緒に世界の真実を探そう。この『物語』の、本当の結末を」


 リ・ユエは言葉を失い、ただ俺を見つめていた。彼の瞳には、狂気でも怒りでもない、初めて見る感情が浮かんでいた。


 それは、まるで凍てついた氷が溶け始めるように、かすかな光を放っていた。

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