告白・なにをどうすれば
huyuki
牝猫ヨモ。
平日の朝、夢遊病の如く起きる。
お決まりの不機嫌な一日の始まりだ。
生まれつき虚弱で体調も悪く機嫌のよい朝など迎えたことがない。
給湯器もなく冬も冷水で顔を洗う。
ロクに歯磨きなぞしないが気が向いて磨き、
口を洗うときは虫歯に染みる。
それが一本だけじゃないから始末が悪い。
それが日常ゆえあたりまえの事になり、
それでもろくに磨かない日が続いたり。
家には洗面所などというしゃれた場などなく、
あるのは古木を足にした年季の入った古い台所しかない。
便所はボットン式の汲み取り式だ。
母は朝食の準備であわただしく台所と茶の間を行き来している。
兄二人も交互に洗顔や歯を磨いたり。
父、母、兄弟皆、顔をあわせても無言だ。
そこにすかさずヨモが来る。
愛猫だ。
古い借家で天井裏のネズミに苦慮してその退治に貰われてきた。
ようやく目が見えたころだったかもう少し大きかったか、
記憶も定かでない。
両手のひらに乗るほどの子猫だったようにも思う。
「ヨモギ色の毛並みだしヨモだな」と祖母が名を付けた。
腹をすかし、エサをねだって台所に来たのだ。
頭を上げて大きな丸い目で私に鳴いて訴えた。
しかし見過ごしてしまっていた。
なにか食べたいのはわかった。
しかし見過ごしてしまう。
するとエサをくれないと分かると私の足元を通り過ぎて、
台所の上に飛び乗り、反対側にある戸棚に左前足を目いっぱい伸ばし、
わずかの段差に足先をあてがい右足で器用に戸を開けて探っていた。
食べ物はないかと。
そこには小皿に乗った昨日の残りのサケの切り身しかないのが目の隅に見える。
思えばこちらも登校前にして、朝のそんなヨモの姿を横目で
見ながら素早くその場から去っていた。
オカズもそのものしかないのはわかっていた。
生まれつき食の細い自分に照らして、
ヨモにもそのままあてがってしまっていた。
だから腹をすかして必死にエサ探しに
小さな体を伸ばして戸棚を開けたのを見ても気に留めなかった。
猫用のフードなどあるはずもない時代なのだ。
自分の心は腐っていたとしかいえない。
自らの食が細いのを理由に必死に空腹を訴えるヨモを
察してやれなかった悔いがよみがえる。
そんなことが歳をくった今も残像のように刺さってくる。
可哀そうなことをした・・・。
ヨモが成長して子を5匹ほど生んだ。
そしてまもなくひどく甲高い鳴き声で台所に来て
私の目を見て訴えたことがあった。
乳をだすためのヨモの必死の訴えだったろう。
そしていつものように戸棚に足を掛けおかずを探す。
その時の頭を目いっぱい上げて私を見つめて鳴いて訴えた
光景がよみがえる。
私の母といえば同じように5人も生んで、
産後の気持ちを知らないはずはないのに、
エサを与えようとの気持ちがあったのだろうか。
「可哀そうに腹が空いてるんだからヨモにやれ」
と促された記憶もない。
だから私のいないところで与えていたかもしれない、
などという気配も察しなかった。
ある日私の友人が二人来た。
狭い部屋で囲み何事かを話しているとその間を
ヨモがゆっくりと通り過ぎた。
その姿を見た一人が私に言った。
オイ、猫にちゃんと食べさせてるのか、痩せてるなあと指摘された。
その時の私にはそれが心に届かず友人との対話を優先させていた。
冷えた心に支配されていたとしかいえない。
ヨモを気遣う心も失われていた。
その心をいかに痛罵されようと返す言葉もないし、
その後の私の人生も言わずがごとしと言わねばならない。
その後私は就職のために家から遠い所に離れることになった。
家を離れる数日前からヨモが近づいてこなくなった。
動物的に察したのか。
しかし寝床に入って間もなく玄関を開けてほしいと
外の鳴き声に戸を開けてやるとそそくさと私の寝床に入ってきた。
抱いてやると喉を鳴らしていた。
間もなくすぐに布団から出て行った。
そんな日がわずかに続いた。
数か月後に実家に帰るとヨモの姿はなかった。
母にヨモはどうしてるのか聞いたかも記憶がない。
ある日のこと、居間で長椅子に座っていると老いたヨモがヨロヨロと歩いて来た。
途中で立ち止まりしばらく私を見据えていた。
その距離は私から見ればやや離れたところだった。
何を遠慮しているのか、いつものように近づいて来ない。
長きにわたる留守を知らせずに去ったことを
根に思っているのだろうか。
目は私を見据えたままじっと静止していた。
その距離は長く留守だった私に対しどこか冷ややかながら、
少ししてゆっくり尻をおろして座るとゆっくりと毛づくろいを始めた。
その舌の毛づくろいも何度も途中で止め、そのたびに私を凝視している。
その姿にその遠慮がちの姿に胸が熱くなり、涙が滲んだ。
夢の中でのことだった。
家族の中で特別にかわいがるのは私だけだった。
ヨモは違う世界で何を思っているだろうか。
完
告白・なにをどうすれば huyuki @Hhuyuki
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