花椒

鯖色

本文

[登場人物] (現在の年齢)

A…………長良蛍(二十二)     

B…………歌島樹(二十二)


[空間イメージ]

落ち着いた感じの物と、どぎつい配色の物が混然一体となった空間。例えば、品の良い箪笥の上にはごちゃごちゃと小物が置かれ、それをピンク色のランプが照らしているなど。物は多くてもいいが、あまり統一感を持たせないこと。



 B、開いたままの座卓の上のパソコンに頭を埋めている。そこへAが「帰還した」と言って現れる。Bが寝ているのを悟ると、起こさないようにそっとパソコンを抜き取ろうとする。マウスがBの頭にぶつかり、Bが起きる。


B  (やや驚いて)ああ。

A  ああ、じゃないでしょ。人のパソコンでまたゲームして。

B  しかし結構遅かったですね。

A  (虚を突かれて)ああ。

B  ああ、じゃないでしょ。

A  (開き直って)すまん!

B  こういうことを聞いてもいいのか分かりませんが、コンドームですか?

A  (驚き、虚を突かれて)えっ?

B  あ、いや、そういうことなのかと。

A  いや……。

B  そうですか。(さり気なくスマホを見る)

A  なんかかけてよ、音楽。なんでもいいから。

B  ああ、はい。


 「Pursuing My True Self」が流れる。二人、しばし憮然として沈黙。


A  (我慢ならないといった風に)ごめん、やっぱいいや。

B  ああ、はい。


 「Pursuing My True Self」、止まる。二人、しばし沈黙。


A  じゃあ、続きしよっか。

B  続き? ああ。……それなんですけど、(箪笥の上を指して)そこらへんのって捨てていいんですか。

A  うーん。他のところは?

B  他の出来るところは、多少やったんですけど……。

A  (あたりを見渡し)そうかなあ。

B  というか、要らないなのか要るのか僕には判断がつかなくて。

A  じゃあ、私がいない間に掃除がめっちゃ捗ったとかは……。

B  ないですね。残念ながら。

A  (再度見渡し、途方に暮れて)そうかあ。

B  どうします? 取捨選択出来そうですか?

A  やめよう。

B  え?

A  こんなことやめて、ご飯食べよう。

B  僕がここに来た意味とは……。

A  まあまあ。私のレポートを手伝うなり、食事を作るなり色々あるよ。

B  いや、それでいいんですか。一人だとどうせやらないって言うから来たのに。

A  いいの、いいの。気が変わったし。それより麻婆豆腐作ってよ。

B  じゃあ、まあ。(キッチンへ)


 A、一人で箪笥の上の物を見ながら、思いに耽る。


A  (独り言のように)全部捨てられないなあ。

B  いや、捨ててくださいよー

A  聞くな!

B  えー。あっ、それより花椒大丈夫な人ですか?

A  ああ、うん。


 B、大皿に麻婆豆腐を持って現れる。


A  美味しそう!

B  歌島流ファイヤー麻婆豆腐です。

A  でも、花椒なんか家にあったけ?

B  僕の持ってきたやつです。

A  やけに準備がいいな。お主さてはこうなるの分かってただろ。

B  いや、どこでもつくれるように香辛料は持ち歩いてるんですよ。(容器を見せる)

A  おお、綺麗。

B  そうですかね。まあ、食べましょう。

A  ああ、白米よそってくる。

B  (満足して)うん……うん。

A  (白米の盛られた椀を両手に持って)ほい。

B  お、どもども。

A  (麻婆豆腐を米に乗せて一口)うまーい!

B  ふふ、美味いだろう。

A  でも辛っ。

B  (食べながら)そりゃ、四川風のやつなので。

A  花椒よりも先にそっちの承諾取れよ。

B  味で黙らせられるのは分かってるので。

A  (食べながら)なんか不服だなあ。

B  食べ終わったら、僕帰りますよ。

A  え、マジ。

B  だってすることないじゃないですか。

A  (少し考えて)そりゃまあ、そうか。

B  なので、残念ながら。

A  それやめてよ。

B  残念ながら?

A  私が残念なやつみたいじゃん。残念、長良って。

B  確かに。でもそう考えると面白い苗字ですね。

A  お前のも大概面白いでしょ。

B  いや、歌島なんて発展性がないじゃないですか。

A  発展性ねえ……。

B  じゃあ、僕はそろそろ。

A  あっ、ちょっと待って。

B  なんですか。

A  花椒置いてきなよ。

B  残念ながら、あっ。……残念なことにさっきのでストックを使い切ってしまいまして。

A  そうか、残念。

B  では、また。(部屋を出る)

A  気を付けてー。


 B、退場。A、バッグからコンドームを取り出し、箪笥の上に置く。


A  (他と見比べ)ちと下品だな……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

花椒 鯖色 @sava_iro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る