妹の日記

鯖色

本文


2/26

 《私は妹が好きなので、妹も書く日記を私もしてみようと思って書くことにする。》

 兄の日記を覗いたら、こんなことが書いてあった。何というか、気恥ずかしいが、兄が私を好きなのは知っているし、ここはまあいい。問題なのは翌日あたりからだ。

 《彼女である美絵の陰毛は、彼女の性根のしょうもなさというか、品性下劣な様を如実に語っている。陰毛に品性もクソもないなどという輩は信用ならない。そういう輩は陰毛を見れていない、或いは人間を見れていない。しかし、そんな輩でも美絵の陰毛を見れば分かるだろう。その醜さが。タイプでいえばバロック寄りなのだが、それは絢爛たる宮廷というよりも、かつての栄華に縋り付く哀れな没落貴族を思わせる。見ていて疲れてしまうような、装飾過多。》

 こんなものを自分の日記に書きつけるのも嫌だが、勝手に覗いてしまった咎と思って書き留める。

 《尻周りの毛も悲惨だったので、本人にそう言うと、いわゆる罵倒と勘違いしたらしく、流れで肛門成功をすることになった。これは悪くなかった。膣壁には、美絵という彼女の名が示す通りの美しく壁画が刻み込まれてあった。》

 ため息。涙に似た、深いため息。


2/27

 兄の日記は一日当たりの文量が多く、その文の殆どがセックスと見た夢の記述に費やされていた。読んでいる内に私もセックスがしたくなったので、彼氏とした。ピロー・トークではこんな話をした。

「私の陰毛って綺麗?」

「え、綺麗とかはないかな。汚くもないけど」

「そういうのじゃなくて」

「え? パイパンかどうかとか?」

「いや、男の人はあるんでしょ、バロックとか、宮廷的かとか」

「何それ」

 ……分かってはいたけれど、本当にないんだ。兄のことをもっと疑うべきだったが、まさか本人に責任追求するわけにも行かない。私は読んだ時、少し納得させられたのに。

 試みに自分の陰毛を兄が見た時のことを考えて、書く。

《我が妹の陰毛は第一級品とは言えずとも、中々面白味のあるものだ。幾つものつむじが躍動しており、挿入した際の快感が既にして兆している。量は多いが、そこにも気高さが窺われる。》

 ああ、何をやってるんだろう。しかし、少し興奮してしまう自分がいて情け無い。


2/28

 自分のことながら、性の快感への執着が人より強い気がする。その所為で損をしている気もする。少なくとも得はしていない。彼氏は私と同じく思春期真っ盛りなのに、性欲がほとんどない。性欲をその都度生み出して、なんとかしているといった感じだ。行為そのものに不満はない。ただ彼の自己憐憫癖は目に余る。私のことは、好きらしい。

 さて、昨日の分を盗み読むかと兄の机の上を探したが日記はなかった。バレたのだろうか。何も言ってこないから、こちらも知らないふりをしている。

 自慰の最中にもの凄い絶頂を感じる。太陽だと思った。放心して寝ていた。起きると、タオルケットがかかっていて、少し怖かった。寝ている間の自分が手繰り寄せたものだと思いたい。


2/29

 《我が妹の陰毛は美しい。古代中国の堯帝、舜帝による治世を思わせるその肥沃な大地はエロスよりも深く大きな愛を感じさせる。》

 どうすればいいのだろう。私が日記に書いているのついにバレてしまったのかもしれない。興奮している。薄々こうなったらどうしようと思っていたことが、本当になった。興奮しているのが、またバレてしまうのかも知れぬと思いながらこうして書き、そのまま机の上に置いてしまう。

 それにしても、大きな愛って……。しかし、こうも書いてあった。

 《美絵とセックスをする。陰毛はやはりくだらないが、膣は素晴らしい。理想と現実の板挟み。》

 絶対に、私の陰毛で取り戻す。そう思って自分の陰毛を一つ引き抜き、兄の日記に挟んだ。


3/2

 昨日は日記をサボってしまった。

 結果から言って、私は負けた。

 一応セックスはしたのだが、あまり兄は盛り上がっておらず、というか、自分の妹とセックスをしてしまっていることに対してずっと深刻に「ヤバい」と言っていた。

「あれは、本当なんだ。お前の陰毛は凄い。誇っていい」

「そうかな」

「ああ、それは俺が保証する」

 しあし兄は陰毛の理想から離れ、膣という現実に落ち着いた。そんな彼の陰毛は私の目から見れば、極めて平凡だった。平気的な曲線、密度、硬度。なんとも言えなかった。

 今も何処かのラブホテルで彼女さんとセックスをしているのだろうか。

 私は今日は彼氏とセックスをした。良かったのか、良くなかったのかは分からない。

 自らの膣への不信感。


3/3

 そういえば兄の日記の中にこんな文章があった。

 《陰毛の海を泳ぐ夢を見る。そこは暗く無限に広がっている海だった。起きてから、アレは陰毛の海だったと気づく。陰毛の世界は無限大だが、殆ど陽の光を浴びていない。皆表層的なこと、膣の添え物と思っている。そうではない筈だ。俺が見なければ消えてしまう美しさが陰毛の美しさかもしれない。》

 懐かしいような気がする。書き写してすぐに自慰をした。兄との関係は終わったわけではなく、これからも兄弟としては続くわけで、かなり気まずい。それはそれとして未だに興奮している自分もいる。その発散先に当てられていることを分かってか、彼氏は今までより私とセックスをしてくれるようになった。自己憐憫癖を拗らせてはいるが、まあ可愛いものだ。


3/4

 これまでの日記は全部嘘。勝手に読んでるのは兄貴もなんでしょ。読んでなくても別にいいけど。本当に思ってもないことを書いていました、もうどうでもいいです。陰毛がどうとか、おかしいよ。

 だから、全部剃りました。つるつるです。馬鹿みたいになってしまいました。


3/9

 性的なことばかり考えていたのに、現実では時間が過ぎている。未来に向かって流れていく時間を、誰も止められない。高校を卒業した私は、その日のうちに彼氏に振られた。理由はよく分からなかった。彼がこれ以上私といると苦しいとか、なんとか。無理に引き留めなかった。

 気づいたら、取り返しがつかない変態になってしまったんじゃないだろうか。大事だったものを手から溢してしまったことが後から後から悲しくなる。それでも変態だから、と居直って自慰をしている。愛液が、浅い毛の生え出しているあたりの肌を滑って光った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

妹の日記 鯖色 @sava_iro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る