黄金律の魔法少女は世界を巡る。

机カブトムシ

プロローグ

「目には目を、歯には歯を」

 人は人のために法を作った。人は感情の生き物である。人は数千年の間自分たちの感情と付き合ってきた。


 そのなかでも、二十世紀は最も感情が揺れ動いた時代の一つだろう。

「扶清滅洋!」

 北京で誰かが叫んだ

「皇国の興廃。この一戦にあり」

 戦艦の上に上げられた旗を見た者は、その意味に気が付いた。

「ゾフィー! 死んでは駄目だ。子供たちのために生きなくては」

 息も絶え絶えな王は、車の上でそう言った。

「革命的祖国防衛主義の名のもとに、帝国主義戦争を続けることに反対する」

 その禿頭は会議の中で堂々と言い放った。

「本日6月22日の朝四時に、宣戦布告なしにドイツ軍によって……」

 ラジオ放送はそう言っていた。

「あれは日本の飛行機だ」

 その窓を見ていた佐官は無線室に向かって走り出した。

「我は死なり、我は世界の破壊者なり」

 きのこ雲を見た科学者は言った。

「我々は、アメリカ帝国主義の……」

 宣戦布告の代わりにラジオのマイクの前の人間は言い始めた。

「あんなものはただの人間バーベキューだ」

 警察長官の夫人はテレビ番組でそう発言した

「それは駄目だ」

 核弾頭を搭載した潜水艦の中で青年はそう言った。

「直ちに、遅滞なくです」

 状況を理解していない彼の一言は、壁を破壊した。

「クウェート等が石油の過剰生産をやめなければ……」

 大統領は演説でそう述べた。


「空から恐怖の大王がやってくるであろう」

 そんなことはなかった。

 20世紀という激動の時代は終わりを告げたかに思えた。近代は現代へと移り変わる。人間がむやみやたらに振り回してきた感情は鳴りを潜める。


 これからの二十一世紀は理性の時代のはずだった。


「二機目が突入しました。合衆国は攻撃を受けています」

「子供たちを動揺させる。朗読だけ聞かせてくれ」

 小学校で授業の様子を見ながら、大統領は側近にそう言った。


 世界には相変わらず負の感情が蔓延していた。



 あるとき、不思議な出来事が起こる。どこからやってきたか不明な旅客機が、ニューヨークに現れた。

 空港に行くには不自然な軌道である。交信を行いもしない。空軍はテロだと断定して戦闘機がスクランブルした。


 その旅客機は、エンパイアステートビルに突っ込もうとしていた。市民たちが避難を始める。空軍機はミサイルを発射した。


 その旅客機は被弾しながらも飛行を続け、ニューヨークの摩天楼に落下する。機体は魔法の光の粒子となって消えた。

 人類が初めて魔獣に遭遇した瞬間だった。


 どこかの国で魔獣が暴れる。破壊されたショッピングモールの中で、少女が親とはぐれた幼子を庇って魔獣の前に立った。

 銀色のハトが彼女の元へと飛んでくる。これが記録に残る最初の妖精と魔法少女だ。


 魔法少女たちは世界各地で次々に生まれ、静かにコミュニティを築いた。魔獣も、魔法少女も国家間の諍いに顔を出すことはなく、稀に生まれる傑物以外は自然現象のように扱われた。

 彼女らは政治的対立や紛争による魔獣と戦うことは避けた。プロパガンダに自身らが使われることを避けたいからだ。


 某国の紛争が悪感情を爆発させ、無数の魔獣を生んだあるときに、外国から一人の魔法少女が現れて魔獣を次々と倒していった。

 魔法少女リツ。この時まで、彼女は少し家柄がいいだけの魔法少女だった。

 国際メディアの取材を受けた時の言葉から、彼女はこう呼ばれている。

 黄金律の魔法少女。

「だって、助けてもらうって嬉しいじゃないですか」

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