第一章　沈黙の支配者

RAKT

　街を覆う喧騒の中で、彼はいつも沈黙していた。

　ロイ――裏社会でそう呼ばれる男。

　銃を振りかざすことも、派手な暴力で人を従わせることもない。

　彼の武器は、情報と資金の流れを読む知略だった。

　冷静な眼差しと、時折見せる無言の微笑みだけで、人は従わざるを得なかった。

　ロイは人を無駄に殺さない。

　忠誠を誓う者には、沈黙のまま頷き、時に煙草を差し出すだけ。

　それで十分だった。

　彼の“優しさ”は言葉ではなく沈黙の中にあった。

　ある夜。

　彼は屋上に立ち、遠くに瞬く街のネオンを見下ろしていた。

　煙草の火が暗闇に小さく揺れ、煙が夜風に流れていく。

「……今日も騒がしいな」

　低く、誰に聞かせるでもない声が零れる。

　その目は一つの建物をじっと見据えていた。

　豪奢な装飾をまとい、毎晩のように喧騒を響かせるカジノ。

　――ジャスティス。

　街をもう一人支配する男。

　派手で、大胆不敵で、血を恐れぬカリスマ。

　その背後にうごめく金と武力こそが、ロイが次に断つべきものだった。

　背後から足音がした。

「……ロイ様、準備が整いました」

　若い部下が深く頭を下げる。

　声は緊張に震えていた。

　ロイは振り返らない。

　ただ煙を吐き出し、夜に消した。

「ならば行け。……これは試練だ」

　その一言に、部下は息を呑み、再び深く頭を下げた。

　試練――それはロイが忠誠を試すときの常套句だった。

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