停止する世界で、君だけが走っている
武者小路団丸
プロローグ
目の前で突然、時間が止まった。
教室の黒板を引っ掻くチョークの音が途切れる。
窓の外を飛んでいた鳥が、宙で静止する。
机に広げた参考書から立ち上る湯気は、まるで絵画のようにその形を保っていた。
僕が持つこの「時を止める」能力は、中学二年のある日、突然発現した。最初は驚いたけど、すぐにその便利さに夢中になった。テストの答えをカンニングしたり、苦手な体育の授業をサボったり、面倒な人間関係から一時的に逃げ出したり。
「タイムストップ」の解除は簡単だ。ただ心の中で「再開」と唱えるだけ。
そうすると、止まっていた時間は一気に動き出す。途切れたチョークの音が響き、鳥は再び羽ばたき、参考書から湯気が揺れながら立ち上っていく。
いつものように授業が終わり、僕が廊下を歩いていると、すれ違う生徒たちが一斉に止まる。僕の日常は、僕だけの世界になった。
そんなある日、僕はその子を見つけた。
時間が止まった世界で、ただ一人、前を歩き続ける彼女。
長い黒髪が揺れ、制服のスカートが風になびく。
僕がどんなに声をかけても、どんなに手を伸ばしても、彼女はただ僕の前を通り過ぎていく。
その瞬間、僕だけの世界は、ほんの少しだけ、誰かと共有する世界に変わった。
この能力が効かない「あの子」は、一体何者なんだろう?
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