瓦解する世界にまどろみを

双海零碁

第1話

「レッドが死んだ。」


僕の隣に座っていた男は、頭を抱えながらそう呟いた。


「ブルーもピンクも死んだ。次はグリーンが死ぬんだ。」


男の深刻な呟きに、周りの人達もそれとなく異変を感じ、そっと視線が男に向けられる。

だが、その後男は何も喋らなくなった。ただ頭を抱えたまま、静かにうなだれていた。

すうっと車内の空気が元に戻る。電車は、ゆっくりと停車する。


「社会はレインボー。だが色は死んでいく!俺が止めなければ!」


男はガバッと立ち上がり、大きな声でそう叫ぶとそのまま駅をあとにした。


「東京」と無機質なアナウンスがホームに響く。

僕の隣には、ポツリと一つ空いた不気味なブルーの座席が残されていた。


「色は死んでいく」ってどういう意味なんだろう。

僕は少しだけ考えた。

レッドとかブルーとかピンクとか言ってたし、戦隊モノのことを言ってるんだろうか。あるいは社会そのもののあり方みたいな、そんな小難しい話をしていたんだろうか。

これからあの男は何をするんだろうか。何かを訴えにいくのだろうか。あるいはテロでも起こすのだろうか。人様に迷惑をかけることはしてほしくないな。まぁ僕は止める気なんてこれっぽっちもないんだけれども。



電車がゆっくりと動き出す。

小刻みに揺れる車体が、僕の体に心地よい眠りを引き起こす。


ああ、眠い。とても眠い。


僕は考えるのをやめ、瞼をそっと閉じた。

心地よいまどろみは、変な男も、色も、サイレンも、逃げ惑う乗客でさえも、全てを溶かしてくれる。


おやすみ、僕。おやすみ、社会。

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瓦解する世界にまどろみを 双海零碁 @ishijosf

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