第4話 精神へのダイレクトアタック
浮かんでいた太郎が、ドサッと音を立てて床に落ちた。
「いたっ」
ウルフとじゃれ合っていた時に、発動した防御力アップの効果はすでに切れているようで、床にぶつけた肘を痛そうにさすっている。
「どうですか? 調子の方は」
聞き覚えのある女性の声に、驚いた様子で飛び起きた太郎は辺りを見回した。太郎の目に映るのは、あの薄暗く小汚い地下牢ではなく、装飾の施された柱と、白く透き通る清潔な床が目に映る。周囲はとても清々しい空気で満ちていた。
この場所に、当然見覚えがある。
「またここかよ!!」
「ずいぶんと、こちらの世界に馴染んでいるようで安心しました」
一度目と同じように数段高い位置に陣取っている女神が、満足そうに微笑みかけているが、納得していない男がひとりいた。その男はシャツをズボンのように履いて、ちょっとやそっと力を入れたぐらいではビクともしない手枷を嵌められている。
「この格好の! どこを! どう見ればそう思えるのか、是非教えてくださいますかあああああ?」
立ち上がったせいでずり落ちそうになった履いているシャツを、手枷がついている手で抑えている太郎が吠えた。
そして吠えられた女神だが、別段慌てた様子や困った素振りなどを全く見せないどころか、大きくうなずいた。
「いいでしょう」
太郎の怒号をさらりと受け流すと、しなやかな手を数回打ち鳴らす。
すると、彼女が立つ近くの床が、まるで機構仕掛けのように左右へとスライドし始めた。何が起きているのか分からない太郎が注意深く見ていると、この古代神殿のような建築物には似合わない機械音が聞こえてくる。
ウィィィィン……という無機質な駆動音を響かせながら、太郎にとって見慣れた黒いモニターがゆっくりせり上がってきた。
「いや、なんで液晶モニターが出てくんのよ。景観とか台無しじゃん……しかもデカいし湾曲とかゲーミングかよ」
液晶テレビではなくパソコンモニター。しかもきちんとパソコン机に載っている。
さらに言えばモニターアームで固定されており、配線もちゃんとひとつにまとめられているのだ。まるで普段から使っているように見える。
太郎が注意深くモニターを見ていたかと思えば、急に眉をしかめた。
「え? それ俺のじゃない? 家から持ってきたの?」
机の色や形、液晶の大きさ、モニターアームや配線の束ね方まで一致しているとなれば、見間違うはずがない。
ただ、太郎の言葉に女神からの答えは特にない。
女神がモニターに歩いていくと、机の上にあったリモコンを手に取った。そしてリモコンを操作する音が聞こえると、モニターに映像が映し出される。
一時停止しているのか、静止画で映し出されるそれは、まさに太郎がウルフに襲われて一か八かでシャツを脱ぎ捨てた場面だった。
「馴染んでますね」
「……この女神、頭どうかしてるぜ、――いたたたたっ」
女神が手を伸ばして抓る動きをすると、防御アップが切れていた太郎の二の腕に痛みが走った。
「いてて……後悔しやがれ! この力を与えたことをな!」
勢いよくシャツを下ろすと、太郎の身体が光る。服を脱いだことで防御力が上がり、おかげで抓られた痛みが無くなった。
だがしかし、大事な何かを失った気がするのは何故か。
特に鍛えてもいない中年の身体を、女神はまじまじと上から下まで見た後で優しく微笑んだ。
「与えた力を使いこなせてますね。嬉しく思います」
しばらく沈黙が神殿内を支配した。
言葉もなく女神がモニターへと視線を向けたかと思えば、リモコンを操作する音が再度聞こえてくる。すると止まっていた映像が動き始めた。
そして、太郎が腕を噛まれながらも、ズボンを脱ぎ捨てたシーンで再度映像が止められる。
女神と全裸の男の視線が交差する。両者にの間に言葉は無い。
そして、再度映像は進み、ついに全裸の男が獣と戯れているシーンになった。
「いい表情です」
モニターには、太郎が人には絶対に見られたくないであろう気持ち悪い笑顔で、魔物であるウルフに抱き着いている所で止められている。
先ほど全裸になったおかげで防御力は上がっているはずなのに、太郎には目に見えないダメージを負っていた。精神へのダメージは一切軽減されないようで、容易く貫いてくる。
耐えかねた太郎がついに口を開いた。
「すみません。もう映像を流すのやめてもらっていいですか?」
第三者視点で裸の自分が笑顔で獣と戯れているところを見るのは、相当なメンタルを要してないと無理だ。太郎もこれには耐えられなかった。
モニターの電源を切った女神が、リモコンを机の上に置くと定位置へ戻ってくる。
「魔物に襲われそうになったところを、勇者の力を使い切り抜ける。さすがです」
「その勇者は、逮捕、拘束されて地下牢の中ですけどね」
手錠をアピールするように前に突き出したが、女神には聞こえないようだった。大層都合のいい耳と目を持っている。
そもそも全裸にならなきゃいけない軽装だったのが問題がある。もっと多く服を着こむべきだ。
「というか、なんでシャツ、ズボン、下着だけなんですか? 靴下とか靴とかあれば、こんなことにならずに済みましたよ」
ジャケットや靴下があれば、三枚くらい簡単に脱げたし、何より捕まることもなかったはずだ。靴などもあれば、さらに簡単に枚数を稼ぐことが出来る。
「そのことですか……」
女神の表情に突然、憂いが帯びた。何か深い特別な事情でもあるのかと、太郎は息をのむ。
「野球拳などで靴下を脱ぐ行為は認めるべきではないと考えます」
「…………………………は?」
「野球拳などで靴下を――」
「いやいやいや、聞こえてますって。意味が分からないって言ってんです」
一片の曇りもない真っすぐな碧眼で、女神は太郎を見つめている。その瞳は自らの信念を語った者のそれだった。
「野球拳の最中、靴下を一枚と数えるのは如何なものかと私は思います。布面積か羞恥の度合で測るべきではないでしょうか」
「まあ、女神様の言ってることも、ほんのちょっとは分かる気がしますけど……」
女神は仰々しく頷いた。
「納得していただいたようでなによりです。さすが経験者は理解が早くて助かります」
太郎の肩がピクリと動いた。
「何で知ってるんですか……。野球拳したことがあるって……」
出来ることなら思い出したくもなかった忌々しい記憶。
男ばかりで始まった家飲みで、何となくその場の勢いで始まった野球拳。ストレートで負け続け、あっという間に全裸となった太郎の封印していた記憶が蘇った。
「ええ。大体は分かりますとも。あの中で貴方が一番いい脱ぎっぷりだったことも知っています」
「そうですか…………うん? まさか勇者に選ばれたのって――」
「脱衣がお好きそうでしたので」
言い返す気力がなくなった太郎は、その場で項垂れた。
そんな太郎をよそに、女神は話をどんどん勧めていく。
「さて、古今東西、勇者には仲間がいて然るべきというもの。すでに信託を下し、聖女に勇者の仲間となり世界を救う手助けをするよう伝えています。すぐにでも合流できるでしょう」
太郎は「うん?」と首を傾げた。
以前この神殿に来た時に、女神は確かこう言っていた。『古の勇者は同性でパーティを固めた』と。
しかし今、女神は聖女と言った。
「異性! 聖女つったら女性でしょ! 俺にも羞恥心ってのはあるんですけど!」
「今の時代、性別の問題は些細なことです」
「急に現代のややこしい話を出してくるんじゃねえよ!!」
女神が手を振りかざすと、太郎の身体が光を帯びて宙に浮かぶ。
「またかよ! ほんとに人の話きかねえな!! あっ、待って、服! あ、ちょっと――」
宙に浮かんだ太郎は、バタバタと床に落ちているシャツ目掛けて空中を泳ぐが全く進まない。そして太郎の姿は神殿から消えた。
「よほど全裸が好きな勇者のようですね。選んだ甲斐があるというものです」
残されたシャツを見ながら、女神は満足げに頷いていた。
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