第3話

「いや〜、にしても長島君が僕のとこの研究室に来てくれるなんて珍しいな〜。実はさ、君が来てない間に異動があってね。僕は別に変わってないんだけど僕のとこの研究室からごっそりと人を持っていかれて、研究室も小さな部屋に強制的に変更されたんだよねー。ほらほらここが今言った研究室だよ!入って入って」


この男に連れられ、施設の奥の方にある研究室とやらに入った。

中は試験管に入ったたくさんのポーションがずらりと並べており、その隣の棚には書類を山のように置いていた。どことなく薄暗く、窓もないその部屋はまるで人体実験でもしているのではと思ってしまうほど不気味なものを感じた。


「そこら辺に座ってもらって構わないよ。飲み物は…ないからローポーションでいいかな?」


「別に構わんさ」


そういうと男はローポーションを入れたコップとともに何枚かの資料を渡してきた。


「結構前に孤児院で見つけた子供達を生成系魔術師に育ててるって話覚えてる?一応さっき話した娘の姉も今そこにいるんだけどさ」


その言葉に一瞬どきりとした。冷や汗が頬をつたう感覚がした。


「その資料はポーション製造の進捗についてなんだ。あの子たちもずいぶん大きくなってね〜。ローポーションとコモンポーションならほぼ全員が市場に出せるレベルの腕になってるし、優秀な何人かがヘビーポーションも作れるようになっていてね。まだ販売には至っていないが2年以内には売りに出せるようにするさ。ただ今年に入ってから反抗してくる子供が増えてね〜。10代後半だしそういう子が出てくるのは当然なんだけど、やっぱりそういう子が一人出てくるとまた一人そのまた一人と増えて行っちゃうんだよ。それで上と話し合った結果最初に反抗し始めた子を殺したんだよ。それも他の子供達の前で出来るだけ惨殺にね。それがもう効果覿面でさぁ〜…」


淡々と語るその男が不思議でならなかった。どうして同じ人間なのにそこまでのことを平然とやって、平然と語ることができるんだよ。

怒りよりも恐怖の方が強いのかもしれない。俺はソイツの顔を見ると手足が金縛りが如く動けなくなっていた。


「…であの子たちもね〜…って聞いてるかい長島くーん?ボーッとしてるけど疲れてんじゃないの?」


「あ、あぁ、確かに…そうかもしれないな」


喋っているはずなのに口が動いている感覚がまるでしなかった。


「それよりもそこの山のようにある資料は一体なんだい?さっき言っていた子供たちについてかい?」


「そうだよー。ひとりひとりの魔力量、使用可能魔術、作ることが出来るポーションの位、その他諸々が記載されているよ。あと一番上にはこれまで反抗した子供の情報があるよ。ついさっきまで始末書を書いていたところなんだ」


「へー、そうか」


僕は自然を装いながらその資料へと手を伸ばした。

この資料は証拠として十分機能する。変身時間は残り5分ほど、まだ魔法世界へと繋がる扉を見つけていないがこの資料だけでも持って帰る必要がある。これさえ世に公表すれば政府も少しは今まで通りにやりづらくなるはずだ。


「で…」


俺が資料に触れようと瞬間後ろから男が急に声を出した。


「いつまで長島君の格好をしているんだい?」


はじめはその言葉の意味が分からなかった。


「僕と長島君は何年の仲だと思っているのかな?」


汗をかきながら静かに後ろを振り返る。


「確かに口調は彼に寄せられている。だけどちょっと惜しかったね」


男と目を合わせるとニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべ始めた。


「君は知らなかったようだけど、長島君はポーションがそんなに好きじゃないんだよね。君がやってきた時は久々に長島君が来たんだと喜んでからかうついでにポーションを飲むかと聞いたんだ。そしたら構わないときたもんだ。そこで念のためポーション製造と反抗した子供の処罰について話した。そうしたら見事に様子がおかしくなった。あと念のため静寂結界珠を使っていたんだけど、その顔を見るとわざわざその必要もなかったようだね」


そう言われてハッと気づいた。俺は今までになく顔が青ざめ、絶望した表情になっている事を。


「さて、いったいどうやって長島君に化けているのか、どうやってここのセキュリティを掻い潜ったのか、それらが魔道具の効果だとしてもどうやってそんな国で管理しているような危険な魔道具を持っているのか聞きたいことがたくさんあるんだ。悪いけどそこで大人しくしていてくれないか?」


男は銃のような形をした物を取り出した。

俺は少し後退り、警戒した。


「ほんと嫌になるよ。君は危険な魔道具を持っている可能性があるのにアンチマジックストーンが使えないなんて。まあでもこんな簡単にボロを出すような君にはこのくらいの武器でも大丈夫だろ」


そう言ってスマホで誰かに連絡した。恐らく警備員でも呼んだのだろう。

アンチマジックストーンを使わないということはその効果は実験用のポーション等にも影響するからだろうか?

とにかくモタモタしている暇は無い。

そう考えて俺は奴がスマホに意識を割いている中素早く札を取り出した。


「!?」


男はその行動にすぐさま気づき発砲する。するとパチパチと弾けるような黒い炎の玉が飛び出し俺に命中した。


「くっ…」


当たった玉は物凄い音を立てながら爆発した。その衝撃に男は少し吹き飛ばされてしまっていた。


「怪しい人物が不審な行動をとったため【簡易型魔弾銃(炎)】を使用しました。至急死体の回収をお願いします」


体勢を立て直し、スマホで誰かに連絡をしていた。





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僕自身ほんとに何が何だかわからなかった。

長島君だと思って話しかけたら彼に化けた侵入者だった。

何かをしようとして勢いで発砲したがこれでいい。確かにこの衝撃でポーションは飛び散ってしまったけどあのまま何かやられていたら死んでいたのは僕の方かもしれないから。

煙が晴れていく、正直死体は何年経っても慣れないけど今回は自分の研究室で起きたことだし見ないとダメだよな。


「は?」


晴れていく中様子を見ようとした直後に僕は銃を再び向けた。

なんせその人物は平然と立っていたのだから。

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覇身符 効果は5分間だけ自身の身体能力を限界まで上げる。


「まさかここまでの効果だとは思わなかった」


俺はまさしく人智を超えた力を手に入れた。 服は全部吹き飛んだが。

少し自分の体を見てみると全身の筋肉が少し見ただけでもわかるほどに発達していた。その筋肉はボディビルダーも比にならないほどだった。魔法による強化のためだろうか。目線もだいぶ高くなっていた。


「おい!もしやその力は覇身の系統か?でなければ魔力も持たない科学世界の人間がこの威力に耐えられるわけがない!ほんとにどこでそんな魔道具を手に入れたんだよ!」


その男はそう言葉を並べて喚いていた。恐らくは銃で倒せなかった憤りと時間稼ぎのつもりだろう。


「じゃあな」


俺は資料を全て取って部屋から逃走した。

大切な5分間をあんな場所で消費するわけにはいかなかった。


『プルルルルル』


警報が鳴り出した。

恐らくあの男が鳴らしたのだろうか。


「それじゃあ手短かに終わらせるか」


俺は勢い良く上へとジャンプした。

天井を何枚も突き破って上の階へと登っていった。

その衝撃で建物が揺れていた。倒れることは無いにしてもこれでも十分な攻撃になるだろう。

何回かジャンプを繰り返し、だいぶ上の階に着いた時だった。

あたりは暗く、奥に見上げるほどの巨大な水晶が青く光っている部屋にたどり着いた。


「あ、あ…」


俺はその光に呑まれてしまいそうだった。美しく光るその水晶を見ていると体が自然と止まっていた。

そしてゆっくりと無意識にその水晶へと向かっていた。


「誰だお前!」


後ろから聞こえた声で目を覚ました。

一人の若い白衣を着た男が扉から中へ入り先ほどと同じような銃のような物を構えた。


「まさか知らせがあった侵入者か」


俺は大した脅威に思えず地雷符を取り出した。


「その札は地雷符か!どこでそんな魔道具を手に入れたんだ!!」


「…」


その男はあの陽気な男と違い引き金を引くことに躊躇いがあった。なぜかと思ったがすぐに分かった。流れ弾や外した弾がこの後ろの水晶に当たる事を恐れているのだ。

となればこの水晶はこの施設にとってかなり重要な物なのだろう。

俺はゆっくりと男の方を向きながら水晶へと近づいていった。


「おい!何をしている!!これ以上それに近づくなら撃つぞ!」


「本当に撃てるなら撃ってこいよ。どうやらこの水晶はかなりの力を持っている魔道具のようだな。お前の反応からしても壊されたく無いものなんだろう?」


「…」


その男は何も反応しなかった。

ただ険しく俺を睨むだけだった。

これ以上は聞き出せないと思い俺は振り向いてその水晶へと走った。

覇身符によって強化された身体の全速力で衝撃波が走った。

俺の予想だがおそらくコレが…


「そろそろ終わらせよう。時間もあと少ししか無いので」


俺は地雷符をその水晶に貼り付け、拳を握り、札に目掛けて本気で殴った。


『ぱっきゃーーん』


拳の衝突と同時に爆発が起こった。

その威力は小さな山なら消し飛ばせるのではと錯覚するほどのものだった。

建物の上層部は砕け、外壁等が今にも落下しようとしている。

これは建物だけではなく周辺にも被害が出そうだな。

ただ幸いにもこの時間帯でこの辺りを出回っている人は少ない。見事に異交省を狙い撃ちって訳だ。

そしておそらくこの水晶が魔法世界への扉、あるいはそれに関係するものだろう。

扉を作った科学者は魔法世界で向こうの住民に最初に殺された。

日本の異交省にしか無いところを見ると複製が出来ないのだろう。

覇身の効果はまだ残っている、変身の効果は切れたが覇身符のお陰で今の俺は長島遼とは似ても似つかない姿になっている。

見られていたとしてもさほど問題はないだろう。

砕けてゆく部屋で思考をしていると急に水晶があった場所から光が放たれた。


「!?」


何か嫌な予感がして咄嗟に光とは反対の方向を向いて逃げようと空中で瓦礫を蹴って離れようとした。


「マズイ」


しかし逃げることはできずに光に飲まれてしまった。





覇身の効果が切れたためか体が動かなかった。

辺りは草原で雲一つない快晴だった。

俺は一人そこで寝ていた。

いや一人ではなかったようだ。


「うーん…。なんだここは…、草?草原? 研究室は?」


男はそう言って起き上がると俺の存在に気がついたようだ。


「あ」


男は俺を見て少しフリーズした。

この男は先ほど水晶の前で銃を向けてきた男だ。


「お、お前!ここはどこだ!!一体何の魔道具の効果なんだ!転移が可能な魔道具なんてそれこそ【世界球】しかないのだぞ…」


男は少しずつ声量が小さくなっていった。

すると冷や汗が目にみえるように流れ始めた。


「うわぁぁぁぁ!世界球が暴走したんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


あまりの声量に俺は驚いた。というか何でコイツは侵入者が俺だと分かったんだ?まぁ状況的にそう考えてもおかしくないが覇身の時とは姿があまりにも違いすぎるのに…

少し考えていると風が吹いて少し肌寒く感じた。


「あ」


そういや俺、今全裸だったわ。

全裸と状況的に俺だと分かったのか。

まぁ今になってそんな事はどうだっていい。


「なぁ、取り乱しているところ悪いが何が起こったのか教えてくれないか?」


慌てていた男は急にこっちを見て少し睨んできた。


「元は君のせいなんだ!世界球はこっちとあっちを繋ぐ扉だ。そして唯一科学世界の技術のみで完成させた魔道具なんだよ!!(まぁ正確には魔道具ではないんだけど)それを君は破壊し、壊れる瞬間暴走をさせたんだよ!」


「えっ、それじゃあここは?」


「まぁ、状況的に魔法世界だろうな。本来なら魔法世界側の簡易型の世界球に繋がるんだが、暴走してしまったせいで変なところに飛ばされてしまったようだな」


男はゆっくりと俺の方を向いて睨んできた。

俺はまともに動けないため苦笑いをするしかなかった。

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