捨てられ聖女の異世界ごはん旅/米織

<夢合う車内で饗食を>



 ランチタイムと言うには少々遅めな昼下がり。外では強烈な日差しが照り付けているが、野営車両内モーターハウスは空調が利いてるおかげでめちゃくちゃ快適だ。ごまみそも、ほわほわの腹毛を空調の風にそよがせながらへそ天で惰眠を貪っている。

 ……一応、おみそはパーティのみんながいないときの護衛役ではあるんだけど……ま、拠点の庭っていうホーム中のホームで襲われることなんてないしね。

 ピスピスと鼻を鳴らす山猫から手元に視線を戻したその時だ。不意にガチャリとキャビンのドアが開けられる。


「あ、おかえりなさい! 外は暑かったでしょう?」

「ただいま、リン。海風があるとはいえ、この時期の太陽は強烈だな」

「ギルマスからの招致とはいえ……この時間の外出はこたえますね……」

「……あつ~~い……とけ、ちゃう……」

「ただいまぁ、リンちゃぁん……ひぇぇ~~ココ涼しい~~~~~天国じゃん」


 汗だくで帰ってきたのは、ギルドに呼び出されていた〝暴食の卓〟メンバーだ。みんな日差しで苛め抜かれたせいで、それはもうぐったりしている。アリアさんなんか、辛うじて人の形を保てている……という様相ではなかろうか。

 でもまぁ、本日はそんな皆さんのための秘密兵器を用意してありますのでね!


「暑い中お疲れさまでした! まずは水分補給どうぞ!」

「見た目からして涼しげだな。ありがとう、リン」


 事前に冷蔵庫でキンキンに冷やしておいたハニーレモン水をみんなに配っていく。ちょっと酸味の強い異世界レモンの果汁と、濃厚な蜂蜜を混ぜて水で溶かすだけ……というお手軽ドリンクだけど、この甘酸っぱさが夏の暑い日にぴったりなんだよねぇ。本当は塩気とかも入れた方がいいんだろうけど、この後すぐにご飯だし。塩分は十分摂取できるんじゃないかな?


「すっぱ! でも、あま……! おいしい!」

「口の中がキュッとなりますけど……蜂蜜の甘さが追いかけてくるので、さほどキツくないというか」

「これいいねぇ! 一気に体の中から爽やか~~って感じになる!」


 ぷはぁと一息ついたみんなが、パァッと顔を輝かせる。うむ。お気に召してもらったようで何より! さっき自分でも味見をしてみたけど、甘酸っぱくてなんとも夏らしい味に仕上がってたしね。

 口々に歓声をあげる暴食の卓メンバーも、見ていて気持ちよくなる飲みっぷりだ。結構大きめのグラスで渡したんだけど、炎天下を歩いてきた冒険者にかかればなくなるのなんてあっという間だったなぁ。

 ま、それを見越してたっぷり作ってありますんでね! 大きなピッチャーをドドンと据えると、「キャー!」と歓喜の声が上がる。 


「駆けつけ三杯……じゃないですけど、ご飯前に喉潤してくださいね!」

「ご飯前、で気が付いたんだが……今日はずいぶんと気合が入ったメニューじゃないか? 何か祝い事でも?」


 空いたグラスにおかわりを注いだヴィルさんが、怪訝そうな顔で小首を傾げた。まぁ、それも無理もなかろうて。いつもよりも格段に豪華な料理の準備がされていたら、そんな疑問が浮かぶのも当然だよね。


「いや~。今日、みんなでご馳走食べながらパァッと騒ぐ夢を見たもので。せっかくなので正夢にしてしまおうかと!」

「なるほど。夢のおかげで私たちはご馳走にありつけた、というわけですね。実にありがたい夢です」

「いい夢見てくれて、ありがと、リン」


 グッと拳を握って力説する私を見て、みんなの顔に笑みが浮かぶ。

 いや、本当に楽しい夢だったんだよぅ! なんか、長いこと一緒にいてくれてありがとー、みたいな感じでさあ! みんなニッコニコで飲んで食べて騒いでしてた夢だったんだよね。起きた後も、楽しい気持ちが頭から消えなくてねぇ。これはもう実現するしかないだろ、って思ったんだ。

 なお、メニューは夏野菜と白身魚のチョップドサラダに簡単ガスパチョ風スープ。ガーリックライスとウシカのローストというラインナップ。夏らしくて良きメニューでは、と自画自賛しておくことにする。


「それじゃ、喉の渇きが治まった人から席ついてくださいな。ご飯にしましょう」

「ん! ぜんぶ、おいしそう!」

「リン。何か手伝うことはあるか?」

「それじゃあ、麦茶用のグラスを出してもらってもいいですか?」

「わかった。任せておけ」

「リン。お皿とカトラリーはいつものでいいですか?」

「それじゃ、オレは運ぶの手伝おうかな~」


 空になったグラスを片手に、みんながニコニコと満面の笑みを浮かべて立ち上がる。ご飯につられたっていうのもあるんだろうけど、そもそもみんな優しいからねぇ。いっつもこうして手伝ってくれるんだよ。しかも、みんなチームワークはいいしテキパキ動けるしで、本当にありがたい。


「チョップドサラダはボウルのままでいいから、このままでOK。スープはマグカップでいいかな」


 山盛りの野菜と白身魚が入ったサラダボウルをエドさんに託し、冷やしておいたトマトベースのあっさりスープをカップに注ぐ。ガラスの器とかに注げばもっとキレイだとは思うけど、手ごろなものを持ってないからなぁ。見た目も味のうちとは聞くけれど、マグカップで飲む冷製スープだって美味しいよ、きっと。

 カップに注ぐそばからアリアさんとセノンさんがパッと運んでくれたから、いよいよメインディッシュの盛り付けに移りましょうかね!


「ウシカの肉……そうか。一斉間引きの日だったか」

「こうしてお肉が安く手に入るのは助かりますけど、毎月駆除されてるのに一向に減る気配がないウシカの繁殖力、本当に凄いですよね」

「曲がりなりにも魔生物だからな」


 牛顔の鹿という風体のウシカは集団で生活する上に繁殖力が強いから、草や木を食い尽くさないよう定期的に冒険者が間引いてお肉として市場に卸される。香りのいい草が大好物なだけあって、お肉は臭みもなくめちゃくちゃ美味しい。

 今回私が手に入れたのは、リブロースの塊肉。程よくサシが入ってて、見るからに美味しそうだったんだよ! それに塩胡椒&特製スパイスをすり込んで、ローストビーフ風に仕上げたものが今回のメインディッシュ、ってワケ!

 で、フライパンに残ったウシカの脂で薄切りのニンニクをこんがり揚げ焼いて、炊いたご飯を炒めたらガーリックライスが出来上がるわけよ。旨味は残さず頂きたいじゃない?


「ん~~。こんもり盛ったガーリックライスに、ウシカ肉を添えて、と……」


 薄切りと厚切りの間くらいの厚みで切っておいたウシカローストを、ガーリックライスの上に盛り付けていく。仕上げに、ぱらっと細ねぎを散らせば……完成である。茶色と赤と緑のコントラストがもう見事としか言いようがない。程よく溶けた脂がツヤツヤしてて、見るからに美味しそう!

 さっき味見した限り、柔らかいのに噛み応えがあって、しっとりジューシーで……実に美味しいお肉だったことはここに記しておく。焦がし醤油仕立てのガーリックライスと合わさったときの爆発力が恐ろしいことになりそうだ。


「よし! できたところで食べましょうか!」

「お、おおお! すごい!」

『ふにゃ!? なに? てきしゅー!?』


 メインディッシュをテーブルに置いた瞬間、あがった歓声が野営車両モーターハウスを揺るがした。寝ていたごまみそが慌てて飛び起きて、きょろきょろ周囲を見回している。それでも、すぐに緊急事態ではないと判断できているあたり、野生の勘はまだ鈍っていないようだ。


「いつにも増して見事だな、リン。めちゃくちゃ美味そうだ」

「見ただけで、わかる! ぜったい、おいしい!」

「これはもう、言葉もありません。素晴らしいです、リン」

「これを前にして我慢は無理でしょ! さっそく食べるよ! うましかてを!」


 こちらにのっそり歩いてくるおみそを横目に、手早く食前の祈りを済ませたみんなが一斉に料理に手を伸ばした。いつ見ても素晴らしき瞬発力だよね。その上、料理を取り合うこともなく、むしろ取り分けあいながら……っていうんだからさぁ。


「みんなすごいねぇ、おみそ?」

『ん~~? 朕のほうがすごいでしょー?』

「はいはい、そだねー。おみそはすごいもんねぇ」


 のっそりと膝の上に顎を乗せてきた山猫の頭を撫でてやりながら、私も負けじとサラダに手を伸ばした。

 今回のチョップドサラダは、葉物野菜をベースに、パプリカっぽい野菜とトマト、クルミにチーズを刻んだものを混ぜ、生でもいける鮮度の白身魚のフィレをスライスして載せてある。チーズと白身魚のおかげで適度に食べ応えもあるだろうから、「野菜はカロリーがないし」とか言い出すうちのパーティメンバーでも満足できると思う。

 ドレッシングは、おろしタマネギと醤油ベースにして、植物油とかお酢とかを混ぜてみたやつなんだけど……どうかな?


「ん! レモン汁入れて当たりだった」


 シャキシャキの野菜と、カリカリのクルミ、ねっとりチーズにもっちりとした白身。それに絡むしょっぱ甘いタマネギドレッシング! お酢と一緒にレモン汁を入れたおかげで、後口がさっぱりしてるのがまたよく合うわ。


「暑いさなかの冷えたスープ、実に染み渡ります。美味しいですねぇ」

「野菜だけど……サラダも、おいしい! これ、また食べたい!」

「それは良かったです。いい白身が仕入れられたら、また作りますね」

「だがやはり、肉と飯が最高だな。味付けが絶妙で、いくらでも食える……!」

「わかる~。もしかして、夢の中のオレたちよりいいご飯食べてるんじゃない?」


 和気藹々と食卓を囲むみんなの顔は、この上なく楽しそうで、幸せそうだ。あの夢を正夢にしようとして大正解だったかも。

 夢の中では、確か〝長い間ありがとう&これからもよろしくね〟と盛り上がっていたはずだ。今、こうして夢にも負けないくらい楽しく盛り上がれているというのなら……きっとこれからもみんなと楽しいことを実現していけそうな気がする!


『んふふ~~。たのしそうで、よかったね~~?』

「実際、楽しいからねぇ」


 この幸せが続くよう頑張ろうと決意を新たにしつつ、私の膝を枕にごろりと寝ころぶごまみそのお腹をもすもすと撫でてやった。

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