第6話 終わりの笛、始まりの影

スコアボードには紅嶺 71―69 皇京。

最終クォーターの合図が鳴ると、体育館の空気は一段と熱を帯びた。


桐生「最終Q、落ち着いていこう。神威、テンポは任せる」

俺「了解です」

東雲「撃てるなら撃つ。迷わねぇ」

神堂「拾い尽くす。空中で負けねぇ」

天城「走ります。ずっと」


片桐(皇京)「最初の一本、絶対に取る。」

九条「空中は、もう渡さねぇ」



1 皇京の猛攻


片桐の合図と同時に、皇京が速度を上げた。

トップのピンドリ→サイドチェンジ→スリップ。ラインの継ぎ目、川島が抜けてレイアップ、シュパッ。71―71。


返し。俺はハンドオフからスネークで中央へ。二歩目で片桐の腰を外す。

最後の壁――九条。胸で受け止め、体勢を浮かせて上から置く。

コトン。わずかに外れたボールを、九条が抱え込むように回収して即座にアウトレット。

片桐→音羽、ハーフラインを切り裂き、ミドルがザシュ。71―73。


(落ち着け。Falcon Sight――)

俯瞰すると、外は釘付け、中は九条の影。天城のバックドアは片桐の前で死ぬ。

「なら、まず自分で」

もう一度仕掛ける。二歩目で抜け切った――はずだった。

伸びてくる九条の肩。わずかな接触で体の芯がブレる。

ボード、リング、ガン。また外れ。


客席がざわつき、皇京ベンチは静かに頷き合った。



2 それぞれの限界


白取は九条の正面に立ち続ける。“触らない”“角度で止める”。

だが九条は、肩と腰のわずかな角度変化で隙間そのものに体をねじ込む。

白取の足が半歩、沈む。

落下点は、もう九条のもの。プットバック、ザシュ。71―75。


白取(心の声)「……届かない。読みだけじゃ、空中は奪えない」


交代で熊谷。真正面から体で止めにいく。

最初の衝突は互角――に見えた。二度目の接触、九条が体幹の芯をずらす。熊谷の重心が崩れる。

こぼれ球は再び九条へ。シュパッ。71―77。


交代。熊谷から神堂へ。

熊谷はわずかに膝をつき、そのまま立ち上がった。ベンチへ戻ると、何も言わなかった。

握りしめた拳だけが小刻みに震え、視線は床に落ちたままだ。


俺は呼吸が浅くなるのを自覚する。

(脚が重い。二歩目が遅い)

ステップバックは“届く距離”。けれど指に力が入らない。

放物線はリムをなぞってこぼれた。

もう一本。コトン、弾かれる。


皇京ベンチ、コート際。相手監督が低く言う。

「神威の爆発力は脅威だ。だが、まだ一年。スタミナがついてこない。――今の弱点はそこだな」


東雲が横目で俺の顔を見た。

東雲「おい、顔。踏ん張れ」

俺「……はい」



3 崩れる循環


外→中→外の三拍子が、どこかで詰まり始めた。

俺のスキップで東雲――クローズアウトが一歩早い。

戻しで天城――ライン上で潰される。

白取のショートコーナー――九条が浮かせてくれない。


片桐は逆襲を寸分違わず通し、篠原のステップバックがザシュ。

スコアは皇京 84―79 紅嶺(残り4分)。

会場が大きく波打った。


神堂「一本、返す!」

俺「はい!」


天城のカールカットにポケットを通し、ふわりと上がったフローターは――外。

もう、九条の手が先にそこへある。



4 決断


サイドで時間が止まる。桐島監督がボードを閉じ、俺たちを見渡した。

桐島「――ここからは上級生に託す。1年はここまで、よくやった」

天城「……すみません」

白取「次、必ず」

俺「はい。学びます。次、勝つために」


東雲だけが残る。三年の目は、まだ死んでいない。


神威・白取・天城はベンチへ。

コートには東雲・桐生・神堂・加賀見・三国。

神堂が短く言う。「任せろ。ここからは意地だ」



5 上級生のプライド


桐生のゲームメイクは静かで速い。

スプリットから外に飛ばし、三国のコーナー、ザシュ。84―82。

戻りは全員で。ローテーションで片桐のレーンを細くし、加賀見が早く跳んで遅く落ちる。

リバウンド、確保。

神堂のハイローで加賀見に差し込み、シュパッ。84―84。


「紅嶺、戻ってきた!」

歓声が弾む。だが九条の表情は動かない。

次の一本。片桐のミドル、ザシュ。86―84。

さらに九条が二本続けてセカンドを押し込み、90―84(残り1:10)。


桐生「まだある。二本で詰める」

早乙女(2年)がトップでフェイク、スプリットで中へ。

ヘルプが寄った瞬間、外へ――三国のクイック3、ザシュ。90―87(残り0:45)。


皇京のスローインをプレッシャーで遅らせ、8秒近くまで追い込む。

片桐がようやく前進。九条へ入る。

加賀見が体をねじ込み、“通り道”を細くする。

――それでも九条は、もう一段上にいる。

身体を抱えるように宙で安定させ、シュパッ。92―87(残り0:19)。


桐生は迷わない。「一本、貰う」

神堂のピンダウンを使って東雲が抜ける。

キャッチ&リリース、シュパッ。92―89(残り0:08)。


すぐに時計を止める。皇京はフロントで時間を溶かし、片桐が一投を沈め、もう一投は外した。

加賀見が掴む。長い長いロングパスが三国へ。

ハーフライン、ワンドリ、放つ。

ブザー。リムをかすめ――外。


スコアボードが確定する。

皇京 92―88 紅嶺。

歓声と溜息が、同時に落ちた。



6 終わりと始まり


東雲「……っ、くそ」

白取「高さも、強さも……届かなかった」

熊谷はうつむいたまま、拳だけを震わせていた。言葉は出ない。

俺は吸い込む空気が胸の奥で重くひっかかるのを感じる。


九条が歩み寄る。汗が肩から滴り落ちる。

九条「これが“全国”だ、神威」

俺「……あぁ。負けたよ…」


片桐はタオルを肩にかけ、短く言う。「2ゴール差。けど、中身は一つだ」

音羽が笑う。「九条、次も暴れてくれよ」


桐島監督は、俺たち一年の顔を順に見た。

桐島「満足した? ――ここからだから。うちらのバスケは、まだ始まったばっか」


俺は拳を握る。

二歩目の、あの爆発。もう一段、引き上げる。

Falcon Sightの“今”を、もっと速く、もっと正確に。


(負けは、始まりだ。絶対に取り返す)


片付けのボールが床を転がる音が、静かな体育館に跳ねた。

終わりの笛は鳴った。

でも、俺たちの道は、ここから加速する。


第6話 終

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