風呂屋
ヤマシタ アキヒロ
風呂屋
風呂屋にはたいがい
地元の顔役といったような
うるさ型の老人が
湯船の奥に浸かっている
そして誰彼かまわず
マナーの悪い客を見咎め
正しい入浴の作法を
教え諭している
お湯はしずかにかぶれ
後ろに跳ねさすな
端からそっと入れ
お湯をかき混ぜるな
勝手に水を埋めるな
手拭いは頭の上に
言われた方は
カチンときながらも
たしかに道理なので
しぶしぶ従っている
面白いのは
言う方も言われる方も
生まれたままの
裸ん坊なのだ
人間はこうやって
社会における
共存のルールを
学んでいくのだろう
私はと言えば
体が温まって
そろそろ出ようかと
老人の方を見やりながら
ガラガラと引き戸を開けた
旦那さん体を拭いたかい?
なんせ古い温泉なんで
濡れると床が腐っちまうんです
よろしく頼みますよ
私も叱られてしまった
叱られるのは何十年ぶりなので
なぜかしら
うれしい気持ちもあった
もっともその言い方が
遠慮がちな敬語であったのが
少々寂しい
気もしたけれど………
旅ゆけば~駿河国の~♪
ふり向けば老人の鼻歌が
くもりガラスの向こうに
朗々と響いている
(了)
風呂屋 ヤマシタ アキヒロ @09063499480
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