懐中時計と魔人形
滝たぬき
プロローグ
1993年5月10日。
周囲を7つの丘に囲まれているイタリアの首都ローマにライアン・ユグミツァの自宅はある。彼の住む家は白亜の壁に囲まれた大きな館で、玄関の前には丁寧に手入れされた庭が広がっていた。簡単に言ってしまえば、貴族のお屋敷ライアンは住んでいた。もっとも、彼が家に求めるものは機能性だけであるため、その家の凝った意匠は彼の趣味ではない。どちらかといえば、こじんまりとした住処の方が彼の好みだ。だが、ライアンの今置かれている立場を鑑みれば、好みではない現在の居宅も仕方がないというもの。この館を訪れる者に、彼の立場を示すには一番手っ取り早い方法なのだから。
その大きな屋敷の玄関から、2人の男女が丁度外へ出たところ。
「こんな朝早くから悪いな、フィー。教会から急に仕事が入っちまって」
「いえ、旦那様の使用人である私にとっては当然のことです。どうかお気になさらず」
男、ライアン・ユグミツァに仕える使用人、フィスティールは主人に黒い革製の手提げ鞄を手渡す。ライアンはそれを受け取ると、申し訳なさそうに彼の燃えるような赤髪を手で掻いた。
「その旦那様ってのもむず痒いんだが……まあいい。少なくとも1週間は家を空けると思う。その間、アンのことを頼む」
「承知しました」
フィスティールが頭を下げたところで、ライアンの夕焼け色の瞳が僅かに憂いを帯びた。
「……アンには寂しい思いをさせちまうな」
「お嬢様も旦那様がお忙しいことは理解されていると思います。彼女は聡明ですから。2人で旦那様のご帰宅をお待ちしております」
「そう言ってくれると助かるよ。……じゃ、行ってくる」
「お気を付けて」
ライアンは名残惜しそうにその場を後にする。その彼の姿が見えなくなるまで、フィスティールは玄関の前で佇んでいた。
フィスティールの主人であるライアンは多忙で海外にも頻繁に出向く。そのため、今朝のように慌ただしく仕事に向かうことも少なくない。それ故、彼の一人娘であるアン・ユグミツァを屋敷に一人置いて行ってしまうことをライアンは心苦しく思っていた。この家にフィスティールが来てからは、アンの面倒や屋敷の掃除といった家事雑事をフィスティールが担うようになったため、彼の負担も幾分か軽減されている……はずだ。というのも、フィスティールが家事を一般的なレベルで出来るようになったのは最近のことで、彼女の中では主人に仕えるに足る水準に達しているのかまだ自信が持てていない。
フィスティールはライアンを見送った後、屋敷の中へと戻った。
屋敷に入ってすぐ、大きなホールが彼女を出迎えた。床には細かな刺繍が施されたカーペット、天井には煌びやかにホールを照らすシャンデリアが吊るされている。
フィスティールがこの屋敷で使用人として働くことになってから2年に満たない程度の期間が経過しているが、未だにこの貴族然とした雰囲気に慣れない。彼女が元々置かれていた環境と違い過ぎるというのもあるが、産まれて以来兼ね備えていた気質的にもこの環境に慣れるのにかなりの時間を要するだろう。それは、この屋敷の主人も同じようであるけれども。
豪華絢爛を体現したかのような内装の中で、その場にそぐわない者がフィスティールを待ち構えていた。
「おや、ベレト様。こんな朝早くから珍しいですね。どうかなさいましたか?」
「余は腹が減った。何か食わせよ」
愛らしい見た目とは打って変わって、尊大な物言いでアザラシの赤ん坊、ベレトはフィスティールに朝食を所望した。
「承知しました。すぐに用意致しますので、自室でお待ち下さい」
「うむ」
ベレトはそのずんぐりとした体を上下に揺らしながらゆさゆさと自室に向かって行く。
フィスティールも初めてヒト語を話すアザラシの赤ん坊を見た時は面食らった。それから2年の時間が経っているが、ベレトの姿は相変わらず赤ん坊のままだ。この摩訶不思議な生き物は、ライアンが南極に行った時に出会ったそうだが、ベレトがこの家に暮らすようになった経緯までは知らない。普段は昼頃まで自室で寝て過ごしており、今朝のように早起きすることは稀だ。
フィスティールは調理場の冷蔵庫から地中海産のイワシを取り出して皿に盛り付けた後、ベレトの部屋に食事を運んだ。
ベレトの部屋は、1匹のアザラシの赤ん坊には過ぎた広さで、沢山の本棚が並んでいる。食事以外の時間では、ベレトは部屋に閉じこもって読書をしているのだが、ヒレを器用に使ってページをめくるので、フィスティールは密かに感心していた。
部屋の中では、ベレトがカーペットの上で腹を下にして待ち構えていた。
「食事をお持ちしました。地中海産のイワシです」
「よい選択だ。丁度イワシの気分だったのだ。褒めて遣わす」
「恐縮です」
ベレトは皿に盛ったイワシにかぶりつくと、口をもごもごと動かして飲み込んだ。程なくして食事を食べ終えると、今度はベレトのつぶらな瞳がゆっくりと瞬きを繰り返す。
「お眠りになられますか」
「ふわぁ……。うむ、寝る。先程起きたばかりだというのに、この体はすぐ眠たくなる」
「失礼します」
ベレトのお腹を両手で抱え、ベッドに彼を下ろす。
「ごゆっくりお休みになって下さい」
頭を下げ、部屋を後にしようと踵を返す。その時、ベレトに声をかけられた。
「少し待て」
「なんでしょう?」
「余から助言をしてやろう。——
時折、ベレトは難解な物言いをする時がある。今回はその中でも特に分かりにくい。フィスティールには、彼が何を言わんとしているのか理解出来なかった。
「躊躇わないこと……とは、具体的に何を意味されているのでしょうか」
「仔細は語らぬ。余は眠い。その時が訪れれば、自ずと分かるだろう。努努、気を巡らせておくことだな」
「はあ……。承知しました」
釈然としない言葉だったが、フィスティールが頷いた時には、ベレトは既に眠りの中にいた。再び頭を下げて、部屋の扉を静かに閉める。
使用人としての仕事は朝からたっぷりと積み上がっている。屋敷の掃除に朝食の準備、アンの見送り、ライアンが残した業務の後始末等、やるべきことは山のようにある。ベレトの言葉は気になったが、その意味を吟味している時間はない。
雑事をこなし、朝食の準備を終えた時点の時刻は午前7時前。そろそろ、ライアンの一人娘であるアンを起こす時間だ。彼女の部屋の前まで行き、扉をノックする。
「はーい!起きてるよ!」
元気のよい声がしたのを確認してから部屋へと入る。
「失礼します。おはようございます、お嬢様」
「おはよう、フィー。今日も自分で起きたの。偉いでしょ」
「はい。近頃はお嬢様を起こすことがなくなり、寂しい気分です」
「えへへ。お父さんも褒めてくれるかな」
ワインレッドの髪をした少女、アン・ユグミツァは嬉しそうに笑顔を見せた。そのあどけない表情とは対照的に、美しい湖のように澄んだ青い瞳は大人びていて、齢八にして知性を醸し出していた。
「旦那様は急用が入ったため、既に仕事に向かわれました。一週間は家を留守にするとのことです」
「えー、またお仕事?この前帰ってきたばっかりなのに!」
晴天が突然曇天になったように、アンの表情は一転して悲しみに包まれた。彼女は大人びているといっても、それは子供の中での話だ。大好きな父親がいない寂しさを顔に出さないほど、彼女の心は成熟しきっていない。身内がライアンしかいないこともあって、アンは彼のことを心底大切に想っている。その幼さも含めて、フィスティールはアンのことを愛おしいと思っていた。
「旦那様も大変寂しそうになさっていました」
「うー……」
事実をそのまま告げても、アンの表情は晴れない。彼女も、ライアンが多忙の身であることを理解しているのだ。ただ、理解と受容は別の話である。齢八の少女に道理を弁えろというのは土台無理な話だ。なので、趣向を変えてみることにした。
「お嬢様が立派に留守番をなされたら、遊園地に連れて行ってくれるそうですよ」
「うー……」
「お嬢様の好きなクマのぬいぐるみも買って頂けるとか」
「ウサギさんのも買ってくれる?」
「……ええ、そう仰っていました」
「じゃあ、しょうがないなあ。私がこの家を守ってあげる!」
瞬く間に雲は消し飛び、晴れ渡った青空が広がった。
フィスティールは心の中で主人に謝った。
フィスティールが言ったことは事実無根だ。ライアンは遊園地の話も、ぬいぐるみの話もしていない。しかし、彼ならばこの侍従の勝手を大目に見てくれるだろう。彼がアンを残していくことを申し訳なく思っているのも、彼女の喜ぶ顔を見たいのも事実なのだから。
とはいえ、アンの変わり身も見事なものだった。彼女は、フィスティールが切る手札を見越していたのだ。そして、断られないことを理解した上で要求を通した。極め付けは、父親の罪悪感が和らぐような結論へと導いたことだ。ライアンに挽回の機会を与える体裁を整えた。父の不在を知った瞬間から、アンはこの結末を思い浮かべていたのだろう。もっとも、最初の悲しそうな表情は彼女の素だと思われる。
「さあ、フィー。朝ご飯にしましょう」
満面の笑みがフィスティールに向けられる。
フィスティールが仕えるもう一人の主人、アン・ユグミツァは年不相応に思慮深く、そして何より——優しい心の持ち主だった。
*
朝食を終えて、アンが登校の支度を終えたのが午前7時40分頃。アンが通っている小学校に到着するのにかかる時間は15分ほど。途中、友人のエイミーの家に寄るつもりだが、授業の始まりが午前8時20分なので、彼女が遅刻することはないだろう。
「お嬢様、忘れ物はございませんか」
「だいじょーぶ。じゃあ行ってきます!」
「お気をつけて。エイミー様のご両親にもよろしくお願いします」
元気に手を振るアンを見送る。
その遠くなっていく背中を見ていると、アンの成長を感じずにはいられなかった。彼女は若葉が伸びやかに葉を広げるように、毎日すくすくと成長している。それは肉体的にも、精神的にも。2年前、フィスティールがこの家に来た時とは比較にならないほど、アンは逞しくなった。学校に入学して、日々多くのことを学び、それらを成長の糧としている。そのことに僅かばかりの寂しさと、誇らしさを感じずにはいられなかった。
アンの姿が見えなくなってから、フィスティールは屋敷に戻った。
朝食の食器を片付けた後、ライアンの書斎へと入る。
「旦那様の仰っていた書類は……これでしょうか」
机の上に並んだいくつもの紙束から目当てのものを見つけ、丁寧に折り畳んで封筒に入れた。その書類は本来ライアンがバチカンのとある機関に今日提出する予定のものだった。急用が入ってしまったため、フィスティールがこの後届けることになっていたのだ。
封筒の宛先に、ラウレンティヌス・レオ・レイン枢機卿、と羽根ペンで記載する。この人物はライアンの仕事仲間らしい。らしい、というのは、フィスティールはこの人物に会ったことがなく、ライアンの話からその風聞を聞いたのみであるためだ。ライアン曰く、かなりの傑物で、柔和な出立ちからは想像できないほど変わり者の老人なのだとか。権力も凄まじく、かの教皇の絶対的腹心である、とも聞いている。そんな大物に負けず劣らずの地位にいるライアンも稀代の英傑なわけではあるが。
封筒をライアンの部屋から持ち出し、自らの外出用の鞄の中に入れる。
「そうだ、旦那様の代わりに私が謁見することを連絡しないと」
朝からバタバタしていたため、ラウレンティヌスに連絡することをすっかり忘れていた。ライアンが午後から訪問することになっていたため相手方も予定は空けているはずだが、見ず知らずの侍従が突然訪れた所で衛兵に突き返されてしまうだけだろう。
屋敷に備え付けてある電話機は、玄関に入ってすぐのホールの端にある。それも白色と黒色の二つ。それぞれ用途が異なり、白い電話が一般的な外部からの連絡用、黒い電話が枢機卿など一部の人間しか番号を知らない特別な連絡用だ。ライアンから渡されていた電話番号のメモを持ってそこに向かい、番号を入力して黒い受話器を耳に当てる。
数回のコールで電話は繋がった。相手はラウレンティヌスの秘書で、落ち着いた声の女性だ。
「エクソシストであるライアン・ユグミツァの侍従を務めております、フィスティールと申します。急なご連絡、申し訳ございません。今お時間よろしいでしょうか」
相手が了承したのを確認してから、こちらの事情を簡潔に説明した。秘書が言うには、フィスティールが来るのは問題ないとのことだったが、今は枢機卿が席を外しているため、彼の確認が取れ次第折り返し連絡をするとのことだった。
「承知しました。では、そのように致します。ご対応頂き有難うございます。失礼いたします」
相手が通話を切ったのを確認して、こちらも受話器を置いた。ライアンの侍従を務めるようになってから、外部の人間と今回のような連絡を取る機会が格段に増えたのだが、毎度のことのように息が詰まる。相手は枢機卿の付き人や枢機卿本人の時もあるが、誰が相手であれライアンの品位を損なわないよう細心の注意をはらっている。だからこそ、通話が終わった後にほうっと息を吐くのがフィスティールの癖になっていた。
ひとまず連絡は済んだ。折り返しの連絡が来るのを待つ間、溜まっている家事雑事をしなければならない。
次に電話が鳴ったのは、それから30分以上経ってからのことだった。鳴ったのは黒い電話の方だ。ラウレンティヌスの秘書からの折り返しの連絡だろう。作業を中断して急いで受話器を取った。
「ライアン・ユグミツァの侍従、フィスティールです。どちら様でしょうか」
「……」
返答はなかった。その事に違和感を覚えながら、もう一度問いかける。
「……?どちら様でしょうか」
「……」
またしても返答はない。だが、先程とは違って音があった。何かが揺れているような音と、鼻をすするような音。それは、何も溢すまいと懸命に耐えているようで。
不可解な音に思考を巡らせていると、沈黙を破るように舌打ちが受話器越しから聞こえた。
「コイツ、喋りやがらねえ。頭の回るガキはこれだから……!」
苛立ちを露わにした男の声だった。その声に聞き覚えはない。
直後、ばちんと何かを殴りつけたような音と共に、悲鳴が聞こえた。それまでと打って変わって、その声は聞き覚えが確かにあって——。
「その声、お嬢様なのですか⁉一体何が——」
得体の知れない不安が胸を騒めかせる。その不安の正体は次の声で氷解することとなった。
「お前の仕えている可愛いお嬢様は我々が預かった」
再び男の声がした。しかし、先ほどの男とは違う声だ。
その発言に、フィスティールの本能が警鐘を鳴らす。
「何者だ」
必然的に、フィスティールの声色が低くなる。彼女の目つきは姿の見えない相手を射殺してしまいそうなほど鋭く、受話器を握る拳には力が入っていた。
疑う余地もなく、この電話の主はユグミツァ家にとっての外敵だ。これまでの数少ない情報が意味するところは、フィスティールの仕えている主人が——アン・ユグミツァが誘拐された、ということだ。
「おお、怖い怖い。電話越しでも殺気が伝わってくる。流石だな。だが、いいのか?そんなに鋭く迫られると、うちの連中が何をしでかすか分かったものじゃないぞ」
余裕たっぷりと、男の笑う声がした。
対するフィスティールには笑う余裕など何処にもなく、突如として訪れた危機的状況に思考が目まぐるしい速度で火花を散らしていた。
「っ……何が望みだ」
「話が早くて助かるよ。そうだよな、大切なご主人を返して欲しいよな」
会話の主導権は男にあった。下手な抵抗をしてしまえば、アンにどんな危害が及ぶか想像に難くない。
「市内の廃病院まで一人で来い。刻限は今日の午前12時まで。分かっているだろうが、助けを呼べば主人の命はない」
「廃病院……それは具体的に何処の病院のこと」
「さあ。それを解くのもオマエの役目だ。急げよ、時間はないぜ?」
男は挑発的に笑った。
壁に掛けている古めかしい時計を見れば、現在の時刻は午前8時40分頃。フィスティールに残された時間は三時間半も無い。その短い時間で所在不明の誘拐犯の下に辿り着き、アンを救出しなければならない。男が言うように、ここで男と話している時間も惜しい。だが、フィスティールにはどうしても聞き出さなければならない情報があった。
「お嬢様の安全を確認させて欲しい」
先ほど、何かを殴りつけるような音とともにアンの悲鳴と思しき声がした。彼女の安否を確認しないことには、この場から動く気が湧かなかった。
「……いいだろう。これは
ザザッという音の後、男の「喋れ」という声がした。
「っフィー……私1人のために来ちゃだめ!殺されちゃうよ」
幼い声だった。その声は間違いなくアンのもので、嘆願するような声色は悲痛に歪んでいた。
その声を聞いただけで、フィスティールの取るべき行動は定まる。
「ご安心下さいお嬢様。必ず、助けに向かいます」
そこで通話は途切れた。残ったのは一定のリズムで鳴り響く電子音だけ。
すぐさま受話器を置き、フィスティールは自室に向かった。彼女は、男の指定した場所に向かうつもりなど毛頭なかった。そんなことをしなくても、アンを救い出せる方法を持ち合わせていたからだ。
自室に入って向かう先は、何冊かの本が綺麗に並べられた机の方。その机の上に状況を打開するための鍵がある。それは自らへの戒めとして、常に机の上に置いていたもの。過去の残響にして罪の証。ユグミツァ家に来てから一度も使わなかったそれを手に取ろうとして、忘れ去りたい記憶が顔を覗かせた。
荒れ果てた荒野。積み上がった瓦礫。燻る硝煙と血の匂い。
『——躊躇わぬことだ』
埋没していく意識を、聞き覚えのある声が引き上げた。フィスティールはそこで気付く。
逡巡は一瞬。彼女の手は迷うことなくそれを卓上から拾い上げた。
どれほど悪を成したとしても、それでもこの手は誰かを救うために——。
彼女が手に取ったのは古びた懐中時計だ。銀色に輝くそれは所々が錆びついており、相当な年代物であることが窺える。蓋を開くと、時間を示す文字盤が姿を現した。その十二時方向、文字盤の外縁部には小さな突起があり、押すとカチッと音を立てて窪むようになっている。フィスティールはその突起を右手の親指で押さえたまま、告げるべき言葉を発した。
「
瞬間、フィスティールの眼前にホログラムの画面が幾つも浮かび上がった。
「声帯認証による起動を確認。指紋認証実行——完了。識別個体名LPS00。これより時間遡行シーケンスに移行する」
時計の針が進む音とともに、懐中時計に備わっている自動音声機能が起動した。それと同時に、フィスティールの眼前に浮かぶホログラムでできた画面が目まぐるしい速度で切り替わっていく。
「当該個体より位置情報を取得。時空間断層補正算出——完了。転移先の座標をX3Y7Z0に設定。跳躍定数決定プロトコル、アルファからデルタまで完了。空間に対する穿孔抵抗微弱。遡行時における安全上の問題、オールクリア」
懐中時計に定められたプログラムが段階的に進行していく。それに呼応して、フィスティールの周囲の空気が揺らぎ、幾つもの青い稲妻が迸る。
自動音声機能が告げた内容を、フィスティールは完璧に理解などしていない。しようとしても出来ないのだ。この懐中時計の内包している技術は、現代の最先端技術の遥か先を行っている。フィスティールはおろか、この星に住む全ての人間がその技術の真髄を解析不可能だろう。
「時空間移動層形成。反粒子の加速を開始。加速度、規定値を突破。亜光速から光速に到達後、直ちにイベントホライゾンへの突入を開始します」
フィスティールの周りの空間が歪曲する。迸る稲妻は更に激しく、視界は徐々に真っ白に染まっていく。それと並行して、懐中時計の時計の針が本来とは逆向きに回り始める。そして——。
「全ての
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