【BL】転生ラスボス、平和主義者につき。~勇者パーティーの聖騎士様がなぜか俺に懐いています~

☆ほしい

第1話

気がつくと、俺は見知らぬ天井を眺めていた。

いや、見知らぬという表現は正しくないかもしれない。

やたらと豪華な天蓋付きのベッドに寝かされていて。

その天蓋の裏地に施された、金糸の刺繍に見覚えがあったからだ。

これは、前世でハマっていたRPG『ブレイブ・サーガ』のムービーに出てきたやつだ。

ラスボスである魔王の寝室のベッド。

そんな嫌な予感が頭をよぎる。

俺はゆっくりと身体を起こした。

やけに身体が軽い。それに、視界が高い。

きょろきょろと周りを見渡せば、そこはゲームで見た魔王の部屋そのものだった。

広すぎる空間に、趣味の悪い調度品の数々。

そんなものより、俺は自分の身体が気になった。

ベッドからそっと足を下ろす。

床に敷かれた絨毯じゅうたんが、ふかふかと足を受け止めた。

部屋の隅に置かれた大きな姿見すがたみまで歩いていく。

そこに映っていたのは、俺の知っている平凡なサラリーマンの顔ではなかった。

長く、流れるような銀色の髪。

血のように赤い瞳。

人間離れした、どこか妖艶ようえんさすら感じさせる整った顔立ち。

ゲームのキャラクターそのものだ。

魔王ルシウスの姿だった。

「マジかよ……」

思わず呟いた声は、自分のものとは思えないほど低く、よく通る声だった。

俺はトラックにかれて死んだはずだ。

それで、転生したってことか。

よりにもよって、いずれ勇者に討伐される運命のラスボスに。

そんなのあんまりじゃないか。

俺は平和に暮らしたいだけなのに。

絶望に打ちひしがれていると、部屋の扉が控えめにノックされた。

「ルシウス様、お目覚めでしょうか。リリアナにございます」

りんとした女性の声が聞こえる。

リリアナ。その名前も知っている。

魔王軍の四天王の一人で、氷を操る女魔族だ。

ゲームでは、主人公たちに敗れて散っていく中間管理職的なキャラだった。

「……入れ」

どう反応すればいいか分からず、とりあえず魔王らしく短く答える。

静かに扉が開かれ、一人の女性が入ってきた。

青い髪をきつく結い上げた、怜悧れいりな雰囲気の美女だ。

身体のラインがくっきりと出る黒いドレスを身にまとっている。

彼女は俺の姿を見ると、少しだけ驚いたように目を見開いた。

「ルシウス様、もうお起きになられていたのですね。お加減はいかがですか?」

「ああ、問題ない」

「よろしゅうございました。昨日はひどくうなされておいででしたから」

心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。

なるほど、転生してきた衝撃で魘されていたということか。

ここで下手に喋るとボロが出そうだ。

ここは定番の記憶喪失のフリでいくしかない。

「リリアナ、だったか」

俺がそう言うと、彼女はさらに驚いた顔になった。

「はい。して、何か……?」

「いや、少し頭が混乱している。自分が誰で、ここがどこで、お前が誰なのかも、曖昧あいまいなんだ」

俺の言葉に、リリアナの顔から血の気が引いていく。

彼女は慌てて俺のそばに駆け寄ってきた。

「ルシウス様!まさか、記憶が……?すぐに軍医を呼ばせます!」

「待て、その必要はない」

俺は彼女を手で制した。

「医者に見せるほどのことでもない。少し休めば思い出すだろう。それより、今の状況を教えてくれ」

「状況、でございますか?」

「そうだ。我々は今、何をしている?」

俺の問いに、リリアナは怪訝けげんそうな顔をしつつも、忠実に答えてくれた。

「はっ。現在、人間界への侵攻準備を進めております。各地に魔物を放ち、人間どもの戦力を削いでいる段階です」

「そうか。それで、人間側の動きは?」

「各地で被害は出ておりますが、王都を中心に抵抗を続けている模様。近々、勇者が選定されるとの情報も入っております」

勇者。その言葉に心臓が跳ねる。

まずい、まずいぞ。

ゲームのシナリオ通りに進んでいるじゃないか。

このままでは、俺は勇者に討伐されてしまう。

それだけは絶対に避けなければ。

「……リリアナ」

「はい、ルシウス様」

「今すぐ、人間界への侵攻をすべて中止させろ」

俺の言葉に、リリアナは完全に思考を停止させたようだった。

ぽかんと口を開けて、俺のことを見つめている。

「……え?今、なんとおっしゃいましたか?」

「だから、侵攻は中止だ。人間とは争わない」

「な、何を仰るのですかルシウス様!人間は我ら魔族の敵!根絶やしにすべき存在では!」

「考えが変わった」

俺はきっぱりと言い放った。

「今日から私は、平和主義を掲げることにする」

「へ、平和……主義……?」

リリアナは聞いたこともない言葉だというように、オウム返しにつぶやいた。

まあ、魔王からそんな言葉が出てくるとは思わないよな。

俺だってそう思う。

「そうだ。これからは人間との共存を目指す。まずは、この魔王領を豊かにすることから始めるぞ」

「領地を……豊かに?」

「ああ。魔族の民が安心して暮らせる国を作るんだ。そのためには、まず労働環境の改善が必要だ」

俺は前世の社畜時代を思い出しながら言った。

ブラックな職場環境は、生産性を著しく低下させる。

それは魔王軍とて同じはずだ。

「労働環境……でございますか?」

「そうだ。まずは、兵士たちの無駄な残業を禁止する。夜間の巡回も最低限の人数にしろ。休息はしっかりとらせるんだ」

「は、はあ……」

「それから、厨房ちゅうぼうの設備が古い。あれでは調理係の負担が大きいだろう。すぐに最新式の魔導コンロを導入させろ。食材の備蓄も確認だ。栄養バランスの取れた食事は、士気に関わるからな」

「しょ、食事……」

俺が立て板に水のごとく喋るのを、リリアナは呆然ぼうぜんと聞いていた。

無理もない。今までの魔王ルシウスは、恐怖で民を支配するタイプだったはずだ。

それが急に、福利厚生の充実を訴え始めたのだから。

「と、とにかく、私の考えはこうだ。他の四天王にも伝えておけ。異論は認めん」

俺は威厳を保つために、そう締めくくった。

リリアナはしばらく呆然としていたが、やがて深々と頭を下げた。

「……御意ぎょい。ルシウス様のお考え、しかと承りました。このリリアナ、身命をして、お支えいたします」

彼女の瞳には、先ほどまでの困惑とは違う、熱い光が宿っていた。

もしかして、彼女もブラックな労働環境に不満があったのかもしれない。

「うむ。期待しているぞ、リリアナ」

「はっ!それで、ルシウス様。まず何から取り掛かりましょうか?」

やる気になった彼女は、すっかり部下の顔に戻っていた。

俺は少し考えてから、にやりと笑ってみせた。

もちろん、魔王らしい不敵な笑みを意識して。

「決まっているだろう。まずは腹ごしらえだ。厨房の視察に行くぞ。今日の朝食は私が作ってやろう」

「ええっ!?ルシウス様が、お料理を!?」

驚くリリアナを伴って、俺は部屋を出た。

目指すは魔王城の厨房だ。

ラスボスの運命を回避するための第一歩は、まず胃袋から掴むに限る。

俺はそんなことを考えながら、長い廊下を歩き始めた。

これから始まる魔王領改革。

果たして、俺は平和な未来を掴み取ることができるのだろうか。

不安と少しの期待を胸に、俺の異世界ライフはこうして幕を開けたのだった。

長い廊下を歩きながら、俺はリリアナに城の内部構造について尋ねた。

記憶喪失のフリを続けるためだ。

彼女は俺の質問に丁寧に答えながら、時折、心配そうな視線を向けてくる。

「本当に、大丈夫でございますか?ルシウス様のお身体が心配です」

「問題ないと言っているだろう。それより、厨房までまだかかりそうか?」

「いえ、もう間もなくでございます。あの角を曲がった先が厨房に繋がっております」

リリアナが指し示した方向へ進むと、確かににぎやかな声と、何かが焼けるいい匂いが漂ってきた。

厨房に到着すると、中では多くの魔族たちが忙しなく働いていた。

屈強なオークたちが大きな鍋をかき混ぜ、小柄なゴブリンたちが野菜を運んでいる。

俺とリリアナの姿に気づくと、彼らは一斉に動きを止め、その場にひざまずいた。

「魔王様!」「リリアナ様!」

城の空気がピリついているのが分かる。

これもゲーム通りの光景だ。

恐怖による支配が、隅々まで行き届いている証拠だろう。

俺は内心ため息をつきつつ、できるだけ穏やかな声で彼らに話しかけた。

「皆、楽にしてくれ。今日は厨房の視察に来ただけだ」

しかし、俺の言葉に誰も動こうとしない。

皆、床に頭をつけたまま、小刻みに震えている。

これでは話にならない。

「リリアナ、どうにかならないか」

「はっ。……皆の者、顔を上げなさい。ルシウス様がお許しだ」

リリアナが厳かに言うと、魔族たちはようやくおそるおそる顔を上げた。

だが、その瞳には依然として恐怖の色が浮かんでいる。

前途多難だな、これは。

「今日の朝食の準備はどこまで進んでいる?」

俺が尋ねると、料理長らしき恰幅かっぷくのいいオークが、前に進み出た。

「は、はい!ただ今、ブラッドスープと、闇キノコのソテーを準備中であります!」

ブラッドスープ。名前からして食欲が失せる。

ゲームでは魔族の好物という設定だったが、今の俺にはとてもじゃないが食べられそうにない。

「……そのメニューは中止だ」

俺はきっぱりと言った。

「えっ?」

料理長は素っ頓狂な声を上げる。

「今日から、食事の内容を全面的に見直す。まずは、栄養バランスの改善からだ」

俺はそう宣言すると、調理台の方へ向かった。

そこには、見たこともないようなグロテスクな食材が並んでいる。

これは、前世の知識を活かすしかない。

幸い、食材の中にはジャガイモやタマネギに似た野菜もあった。

「いいか、よく見ておけ。今から俺が、新しい料理というものを作ってやる」

俺は腕まくりをしながら言った。

料理はサラリーマン時代の一人暮らしで、それなりに経験がある。

豪華なものは作れないが、簡単な家庭料理ならお手の物だ。

「まずは、このイモのような野菜の皮をく」

俺は手際よく皮を剥き、適当な大きさに切っていく。

周りの魔族たちは、俺の動きを固唾かたずをのんで見守っていた。

彼らにとって、魔王が自ら包丁を握るなど、天地がひっくり返るような出来事なのだろう。

俺はタマネギのような野菜もスライスし、鍋に油を引いて炒め始めた。

じゅうじゅうと音を立て、香ばしい匂いが厨房に広がる。

それから、ベーコンのような燻製肉を加え、さらに炒める。

最後に、先ほどのイモと水、コンソメの素に似た調味料を加えて煮込んでいく。

魔王城の厨房には、幸いにも基本的な調味料は揃っていた。

「これは、ポトフという料理だ。人間の世界では、ごく一般的な家庭料理らしい」

俺が説明すると、リリアナが感心したようにうなずいた。

「人間の料理……!ルシウス様は、そのようなものまでご存知なのですか」

「まあな。敵を知り、己を知れば百戦危うからず、だ」

適当なことを言って誤魔化す。

鍋がいい感じに煮詰まってきたところで、塩コショウで味を調える。

最後に彩りとして、パセリのようなハーブを散らした。

「よし、完成だ。皆、皿を持ってこい」

俺が言うと、ゴブリンたちが慌てて皿を運んできた。

俺は出来上がったポトフを、一人一人に盛り付けていく。

湯気の立つ温かいスープに、ゴロゴロとした野菜と肉。

見た目はなかなか美味そうだ。

「さあ、食べてみてくれ」

俺がうながすと、魔族たちはおずおずとスプーンを手にした。

そして、恐る恐るスープを一口、口に運ぶ。

次の瞬間、彼らの目が見開かれた。

「こ、これは……!」「美味い!」「なんだこの優しい味は!」

厨房のあちこちから、驚きと感動の声が上がる。

今まで血生臭い料理ばかり食べてきた彼らにとって、この素朴な野菜の甘みは衝撃的だったのだろう。

料理長のオークは、皿を抱えたまま号泣していた。

「うおお……!こんなに温かいお味は、生まれて初めてであります……!」

その様子を見て、俺はほっと胸をなでおろした。

どうやら、魔王領改革の第一歩は成功したようだ。

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