オーダーメイド

和よらぎ ゆらね

オーダーメイド

その店は、ひっそりと街の片隅に佇んでいた。
看板にはただ一言_____「オーダーメイド」

そこでは人が人を注文できると噂されていた。

理想の姿。理想の声。理想の仕草。


あなたが心の底から望む人間の姿かたちを

寸分違わず仕立て上げるのだと。

僕は迷わず扉を押した。

店主はただの静かな老人だった

「どんな女性を望むのかね」


問われた瞬間、僕はすらすらと答えていた。

優しい瞳を。
艶やかな髪を。

音楽のように澄んだ声を。


笑えば花が咲くような唇を。


そして、決して僕を傷つけない心を。

店主は頷き、帳面に言葉を記した。

数日後、彼女は僕のもとへ届いた。

彼女は完璧だった。


どんな問いにも僕の求める答えを返す。


どんな仕草にも計算された優雅さが漂う。


冷めかけた紅茶を差し出せば、

必ず「ありがとう」と微笑む。


僕が望む彼女が、そこにいた。


……なのに。

心は、いつまでも乾いていた。


彼女が笑ってもその奥に体温はなかった。


彼女が見つめても、その瞳の中に自分は映らなかった。

愛しさは、どこにも宿らなかった。


やがて、僕は気づく。


人を愛するとは、完璧を愛することではないのだと。
時に不器用に怒り、時に涙をこぼし、
 癖のように髪をかき乱す。


言葉足らずが誤解を生み小さな嘘で胸を痛める。

その欠けた部分にこそ、温もりは灯るのだと。

完璧な彼女は、あまりにも滑らかすぎた。


だから、僕の心は滑り落ちるばかりだった。

ある夜、僕は彼女に別れを告げた。


彼女はただプログラムされたように微笑んだ。


「あなたが望むなら、それでいいわ」

その瞬間、僕は悟った。


本当に愛する相手はきっとどこかで、

僕の不器用さを映す鏡のように
未完成のまま、

生きているのだと。

僕はもう一度、あの店の扉を叩いた。

「理想の女性はいらない」


そう告げた僕に、老人は静かに目を細めた。


「ようやく気づいたか。愛とは、注文できるものではないのだよ」

外に出ると、街の夜風が頬を撫でた。


そこに混じる排気ガスの匂いも、


行き交う人々の雑踏も、


どこか愛おしく感じられた。

欠けたものを抱えて、それでも必死に生きる人々。


きっとその中に、僕が探す人がいるのだろう。

完璧ではない誰かを、


欠けたまま愛し合う誰かを。

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オーダーメイド 和よらぎ ゆらね @yurayurane

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