第3話 私とデートしませんか?

 ──一度は、如月久遠きさらぎくおんの提案に乗りかけた。


 だが、あのまま久遠とバンドを組めば、音楽人生どころか、人生そのものが詰みかねない。


 そう思い、俺こと水瀬樹みなせいつきは、彼女がトイレに立った隙に二人分の会計を済ませて、ファミレスを退散した。


 っていうか、久遠のやつ食いすぎ!




 で、翌朝。


 キンコーン、キンコーンキンコーンキンコーンキンコーン──


 けたたましい呼び鈴の連打で、布団から飛び起きた。


「たくぅ、朝っぱらからうるっせえな……」


 カーテンの隙間からのぞく朝焼けに目を細めながら、俺は何の気なしにアパートのドアノブを回し。


「ぁ、はーい、だれ……」

「──あっ、樹ちゃん、おはようございま」


 玄関先に立つをみて、即座に閉め直す。


(へ……なんで?)


 背中でドアを押し付けながら、しばし思考。


「えー? なんでドアを閉めちゃうんですか、キンコンキンコン、ドンドンドンドン──、お外寒いですっ、中に入れてください〜」


(……ぁ、そそ、そうそう、か、鍵。しっかり戸締まりをしなきゃ)


 秒で思い、ドアチェーンに手を伸ばした──その瞬間だった。


 ガチャン、と音を立てドアが開き、


「へっ?」


 その勢いで、俺は呆気なく後ろに倒れて。


「い、樹ちゃんっ!?」


 背後から伸びてきた、細く、しなやかな両腕が、俺の身体をすっぽり包み込んだ。


「──、大丈夫でしたかっ!」


「はへ? う、うん……ありがと」


 混乱してて声が裏返った。顔が熱い。


 それこそ背中に、ぷにっとした大福みたいな感触……ラッキースケベ、ってやつ?


 いや、どっちかというと……胸キュン展開? 少女マンガの定番か、これ。


(──あれ、この構図だと……って、俺がヒロインポジかよっ)


 


 ◇


「──ええっと……汚い部屋ですが、どうぞ上がって……」

「では、お邪魔しますね〜」


 あれから俺は、速攻で暖房を付け、出しっぱなしの布団と窓に吊るしていたシャツとパンツ、床に散乱していたギター教本、本棚に飾っていた美少女フィギュア、その他諸々を押し入れに突っ込んでから、素直に彼女──如月久遠を招き入れた。


 先ほどのラッキースケベ(暫定)、そして昨日の一件、もあるしな。


 あと、バンド結成の件……、久遠に謝らないと。


(って……あれ? なぜこいつは俺の住所を知ってるんだ?)


「あ、私、朝ごはんを買ってきました、樹ちゃん、まだ食べてないですよね」

「え? ……ああ、うん」

「よかったです〜」


 という久遠はモフモフしたコートを脱いで、軽やかなチェック柄ワンピース姿になった。


「ふんふん、ふーん♪」


 ご機嫌なアニソン(プリ◯ュア)を口ずさみながら、ちょこんとちゃぶ台の前で正座。そこからおなじみの黄色い『М』のロゴが入った超特大紙袋から、ハンバーガーやポテト、増量チキン、チョコパイを大量に並べて、最後にLLサイズのコーラを二本、ドンドンと置く。


「さあ、一緒に食べましょう♡」

「こんなに食えねぇよ!?」




 そんなこんなで俺は、比較的小さめなハンバーガーを手に取り、ボソボソと頬張りながら。


「ところでさ、なんで俺のアパートを知ってるの?」

「うーん、それはいい質問ですね〜、どうしてだと思います?」

「こっちが聞いてんのっ! さらりと質問を質問で返さないでくれる!? 」

「え、えへへ……べ、別にいいじゃないですか、そんなこと……」


 久遠はチラリと、畳の上に転がる俺のスマホを見た。


「ま、まさかお前、俺のスマホに細工を……」 

「そ、そんなことしてません! 私はただ」

「ただ、何?」

「え、えーと、えーと、ですね……」


 そして久遠は、視線をぐるぐる泳がせ。


「だってだって、樹ちゃんが昨日、勝手に店から出ていっちゃったから……だ、だから私、急いで尾行……じゃなかった、後を追いかけまして、あのぉ、その、ですね……」

「それで俺のアパートを特定した、と?」

「ぁ、はい、結果的には……そうなっちゃいます、ね」


 なるほど。そういうこと。


 まあ、この件に関しては俺にも非がある。なんせ、バンドを結成する話しの最中、逃げちゃったしな。


「うん、わかった。別に怒んないよ。俺も悪かったし……」

「ほんとですか? だったらさっき樹ちゃんのスマホ、思い切り踏んづけちゃったのも不問ですね!」

「俺のスマホになにしてくれてんのっ!?」




 ──幸い、スマホは無事だった。


 久遠って身長の割には体重が軽そうだしな。よく食うくせに。


「で、久遠、今日は俺になんか用か?」


 ちゃぶ台の上に散らばった大量のマッ◯の包みを端に寄せ、本題を切り出す。


 久遠はここぞとばかりに身を乗り出し。


「それはですね、樹ちゃん──」


 そのとき、彼女の長い黒髪がさらりと揺れて。


「ぁ、いや、最初に言っておくけど、バンドを組むって話は……」


 

 ──私とデートしませんか?



「なしで──え……?」


 今、久遠はなんて言った?


 でえと。


 デート。


 で、デート、だと!?


(マジかっ!)


 生まれてこの方「彼女なし」だった。


「……あ、いや、その、なんだ、ええっと……しゃ、しゃあねぇな、その、デートとやらに、つ、付き合ってやるよ」


 だから「デート」という非現実な響きに、一瞬混乱した……が、もう大丈夫。


(うん、デート……)


「──じゃ、ちょっと待ってて、俺、パッパッと支度しちゃうから」

「じゃあ私もお手伝いしますね、女の子のメイクって、結構大変なんですよ?」

「は……メイク?」


 久遠はごそごそと、ポーチから見慣れないこじんまりとした道具を出し、ちゃぶ台に並べ始める。


 ……ちょっと待て、だからメイクってなに?


「えーと、リップ、何色がいいかな〜、ちなみに私のオススメは〜、ずばりピンクです!」


「そのフリ、もういいいからね!?」

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