ホラー短編集『くぐり様』
アフレコ
『くぐり様』
TikTokで拡散された一本の動画が、すべての始まりだった。
深夜、笑い声混じりに若者が鳥居を後ろ向きにくぐる映像。
「呪われたらどうするんだよ」
仲間の声が響き、動画は数万回再生を突破した。
しかしコメント欄には違和感が積もっていった。
――奥に誰か立ってない?
――この人、まだ帰ってきてないらしいよ。
やがて投稿者本人の失踪がニュースになり、さらに再生数は膨れ上がった。
✳︎
ライターの岸本陽平は、月刊ウーからの依頼で仕事半分、興味半分に取材を始めた。
白山の麓、廃れた集落に残る神社。
図書館の口承文学の棚へ進み、長年棚に眠る古びた文献を手に取った。
薄い背表紙は黄ばんでおりまるで小さな文集のように綴じられている。
頁をめくると、巻頭の目録に「くぐり様」と記された神格の名があった。
墨は灰色に褪せ、しかしその名は頁の奥からじっとこちらを見つめるかの
ように、不気味な存在感を放っていた。
✳︎
同行した動画クリエイター沢田梨花は目を輝かせ、「絶対、あの鳥居をモノにする!」と声を弾ませる。
都市伝説企画で一時人気を博した彼女のチャンネルは最近低迷気味だった。助手席で語る声からもその焦りが滲み出ている。
最近は俺の調査に便乗してネタを探しながら再生数を稼ぐのが常となっていた。お互い、寄りかかるような持ちつ持たれつの関係だ。
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夜の山道を抜けると、鬱蒼とした木々の間に鳥居が現れた。
苔むした傍らの岩には赤いペンキで「くぐるべからず」と乱雑に書かれ、裏側には爪で刻んだかのような無数の線刻が走る。
地元では失踪した数日後、その者の身体の一部が鳥居近くで発見されるという伝承が残っていた。これまでに鳥居をくぐり、姿を消した者は分かっているだけで八名。
✳︎
この神社の建立はおおよそ550年前。
隣合う村々が一揆の報復として小田勢に攻め落とされる折、人々は己らの命を守るため最も崇敬されていた神主の娘を人質として差し出すことにした。
一人の神主は百の村人の祈りに等しい重みを持つと信じられていた時代。
当然神主はこれを受け入れず言い争いの末縛り上げられ、娘は無常にも敵の手に渡ってしまう。しかし娘と共に敵地へ向かった者はその後誰一人として戻ることはなかった。
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神主は二十日目にしてようやく縄を解く。痩せこけた腕は縄に食い込むこともなく、骨が透けるように白く浮き出ていた。絶望の中、戦の爪痕残る荒地を彷徨い無惨に断たれた娘の骸を見つけかき集める。
深く沈んだ悲しみはやがて憎悪に変じ、呪いとなってこの世に牙を剥いた。
鳥居を後ろ向きにくぐる者の肢体を集め、欠けたる身を娘の形に整えることで呪いは甦る。そしてその体がすべて揃ったとき呪いの化身が現れ、村も国も、すべてを滅ぼすという呪詛を下ろした。
時代を同じくする別の文献には、後ろ向きに鳥居を通ればくぐり様が願いを叶えるとの伝承も記されていた。人々を鳥居へ誘うため、わざと真逆の話を広めたのかもしれない。
✳︎
梨花が鳥居を後ろ向きに通った瞬間、マイクがキーンと悲鳴を上げ耳に突き刺さる鋭い音の直後、周囲の音は完全に消え異様な無音だけが残った。
低く湿った囁き声が、耳元で――
――お前で、最後。
振り返ると梨花は鳥居の前に立ち尽くし目の焦点は遠くを彷徨っていた。
肩を揺さぶっても反応はなく、小さく何かを呟くが聞き取れない。
陽平は覚悟を決め、彼女を抱き上げてそのまま山道を下った。
警察署の脇に建つコンビニの前で、陽平はようやくブレーキを踏んだ。
梨花は目を閉じたまま浅い呼吸を続けている。
撮影データを確認すると、囁き声は彼女自身のものだった。
――お前で、最後だ。
動画がアップされると再生数は爆発的に伸び、コメント欄には次々と異様な書き込みが並んだ。
――声が二重に聞こえる。――鳥居の向こう、誰か立ってる。
――今、スマホから同じ囁きが聞こえたんだけど。
陽平は血の気が引いた。呪いは現場だけで終わっていないんだ。映像を通し、音を通し、見た者すべてに広がってあの場所へといざなう。
その夜、非通知のスマホが震えた。非通知は着拒にしてあるはずなのに。
テーブルに置いたままのスマホのアプリが勝手に起動し、画面に映る動画が再生される。耳元で囁きがした。
――お前が、最後だ。
目を閉じるたび、暗闇の山道に立つ自分が浮かぶ。
苔むした岩と鳥居が迫り、胸を締め付ける。
肢体はもうじき揃う、始まればもう止められない。
その鳥居は今も白山麓の山中に残っている。
※注意
本作は事実に基づいている為、
物語のようなおちはございません。
祟りや禍いを避けるため、
場所・人物・日時などの詳細は
意図的にぼかしてあります。
読者の安全と平穏を祈りつつ、
恐怖を体感して頂けましたら幸いです。
ホラー短編集『くぐり様』 アフレコ @afureko
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