9話 『地獄』に咲く一輪の夢

出口のない…地獄。


「わしが落ちて来た場所は、落盤して塞がってしまった。今は権能の力でどうにか耐えておるが…もって、1週間といった所かの。」


オロロンさんは近くにあった岩の上に腰掛けて、わたしをジッと見つめた。


「不思議な奴じゃ…どんな神や悪魔でも『蝕気しょっき』の前では、延命だけで精一杯。人間なぞとてもじゃないが、耐えられるものではないというのに。」


「食べ物も飲み物もまともにないこの環境じゃ、餓死か脱水症状で終わりじゃがな。」そう笑うオロロンさんの瞳には諦観が宿っていた。


……



それから…1日が経過した。いや、実際には…数時間しか経ってないかもしれない。


「…っぐ。い、嫌じゃ…こんな場所で…死にとうない……」


遂に蹲って…嗚咽の声を漏らし始めたオロロンさんの隣に座り、ぼんやりとした膜越しに静かに背中をさすってあげながら、同じ事を考える。


こんな地の底で、わたしの冒険は終わるのかと。


ようやく掴めた最後のチャンス。やっと、人生が回り始めたと思った矢先に、この仕打ち。


「……違う。」


ここにいるだけで、やる気も、精神力も削られていき…全てを投げ出して諦めたくなるこの感覚は、集落にいた頃に何度も味わった。


けど、わたしの夢は決して色褪せず…この胸の奥に残っている。もし若返ってなければ、オロロンさんみたいになってたかもしれない。


側に置いたツルハシを拾い、立ち上がった。


わたしは無知だから何も知らない…けれど、生きる上で必要なのはド根性。そして、どんなに遅くとも一歩ずつ、確実に前に進もうとする意思と覚悟だって、知っている。


……


脆い場所は…そこと、ここ!!


「てぇい!!!」


カツーン!!!カツーン!!!


「そぉい!!!」


硬っ…!?でも、これくらいなら…破れる!!


カツーン!!!カツーン!!!


振り下ろす度に、両腕が痺れそうになり…ウイ先生が用意してくれた魔女服を汚していく。


空腹感も疲弊感も虚しさすらも押し殺し、ただ一心不乱に…目の前の岩盤を穿ち、僅かに砕けた岩とかを邪魔にならない位置に移動させて、地上へ繋げる階段を作る事だけを考える。


後ろは決して、振り返らない…あるのは、山の様に積まれた絶望だけだから。


「…っ、はぁぁ!!!!」


カツーン!!!カツーン!!!


「し……正気か?」


ツルハシを振り下ろした時の衝撃で、額に小石が当たって、血が滴る。


「ぅ…せいっ!!!」


カツーン!!!カツーン!!!カツーン!!!!


「無理じゃ…わしの権能でも、この岩盤は破れんかった。生娘なんかに…何が出来る?」


「…はぁ……はぁ……腕は、まだ動く。まだ…足でちゃんと立ててる。痛みも…感じてる。」


「なっ、何を言っとるんじゃ……?人間…それも生娘如きが、そのような行為をして、何になる?全て…やっただけ無駄なんじゃよ。」


カツーン!!!カツーン!!!!!


「生きてる証だから…まだ、夢を追える。結果とかなんてっ…全部、後から決まるんだ…わたしの夢は…終わって、ないっ!!!」


「……ぁ。」


坑木もなしで落盤しないように、慎重にやっているから、僅かに砕けた小石の山が8つ出来ても尚、数メートルしか出来ていない。


もっと…もっと、頑張らないと。


「ち、ちぇりぁぁぁぁ!!!!」


カツーン!!!!!!!…ボロッ


「しまっ…!?」


頭上に岩が落ちてくると理解した瞬間…わたしの時間がゆっくりに感じた。


まさか不注意でだなんて…鉱夫の娘、一生の不覚……次があるなら、ウイ先生に「ヘルメットがいいから、魔女帽子じゃなくていいよ」って説得しよう。


代表の人、親方さん…ウイ先生……わたしのこと、探してくれるのかな。


最後まで迷惑かけて…ごめんなさい。オロロンさんも…1人ぼっちにしちゃっ…


「何をそこで縮こまっとるんじゃ…フゥ。」


「えっ…オロロン…さん?」


いつまでも落ちて来る筈の岩はなく、声がした後ろを振り返ると…オロロンさんが仁王立ちしていて、涙で赤っぽくなった瞳を輝かせ、不敵に笑っていた。


「生娘の言葉に感化された訳じゃないぞ。昔…そういう小童が、似たような事をほざいていたのを思い出したから気まぐれ半分、懐かしさ半分で助けてやっただけじゃ。」


(わたし…何か言ってたっけ?)そう思っていると膜が消えていて、オロロンさんがわたしの背中をバシンと叩き、背中を向ける。


「痛っ!?」


「生娘は何も考えず掘り進めよ。掘った岩の撤去や、降りかかる危険は全てこのわしに任せておけ。なぁに…この手の作業は昔、過労死寸前までやった経験があるのじゃよ。」


「手伝って…くれるの?」


その言葉に、オロロンさんは小さく笑い…


「だから…その。神であるわしにもう一度、見せてみよ。理想の気高さを…そして、夢を追い求め続ける人間の執念…その底力をの。」


「……はい!」


「ふふふ…良い返事じゃ。もし、地上に出れたら褒美を取らせてやってもいいぞ?ゲホッ…ゴホッ、ゴホッ…!!!!」


ほ、褒美!?金銀財宝ザックザック!!!!脱パンの耳生活!!!!!!


「はぁっ、てりゃ、そりゃ、おりゃ、ふぉっ…たりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃぁ———!!!!」


カツーン!!!カツーン!!!!カツーンっ!!!!!カツカツカツカツカツカツカツカツ————!!!!!!!!!!!


「やれやれ…報酬を提示した瞬間に、よりやる気を出しおって。欲望に忠実な所も…ナカラの小童に似ておるのぅ。」



























































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