四月二十八日(木)
朝十時に目が覚めた。
遮光カーテンの隙間からの光で天気が良いのが分かった。遠くで工事をしている音が聞こえる。カーンカーンとハンマーで何かを叩く甲高い音が聞こえた。鳥のさえずりがその音に交じっている。
久々にゆっくり眠れた気がした。
昨日、店長に頼んで店の鍵を貸してもらった。
午後二時過ぎに僕は、アコーステッィクギターとノートパソコンを持ってライブハウスのドアを開けた。三時には店長や他のスタッフが来る。それまでにやり終えないといけない。
ホールの電気を付ける。誰もいないライブハウスは神聖な場所のように感じられた。防音が施されている為、外部の音が一切遮断されている。蛍光灯のブーンという音が微かにするだけだった。
「さぁ始めよっか」
僕はそう言ってトートバッグから唯香を出してやった。ステージに乗せてやる。テンションが上がっているのか、彼女は飛んだり跳ねたりを繰り返した。僕はアコースティックギターをケースから出してチューニングをした。
ステージで彼女と何度かリハーサルをした。その後、ノートパソコンを起動して動画をリアルタイムで配信できるサイトを開いた。今日の為にアカウントの取得は済ませてある。
ウェブカメラを取り付けて映りをチェックする。唯香を中心に映し、僕は後ろで椅子に座った。唯香は僕も一緒に映って欲しいと言ったが、それは難しかった。唯香の顔の表情まで見えるように出来るだけ彼女を大きく映したかったからだ。結果、彼女の後ろで僕の足だけが大きく映る形になった。「足だけなら映らない方がいいんじゃない?」と唯香に言ったが、「それでもいいから映って」と彼女は言った。
準備は出来た。
唯香がカメラの前に立って話し始めた。
「どうも。初めましての人もお久しぶりの人もいると思います。杉田唯香といいます。私は今回の東日本大震災で死にました。とは言っても私はそのことを事実として受け入れています。四十九日である今日、私はあの世に旅立ちます。この世に未練が無いと言えば嘘になりますが、あの世に旅立つ気持ちの準備も私には出来ています。まだまだやりたいことも一杯ありました。しかし、これも運命です。いくらこの世への未練を話しても仕方が無いことなので、私はしないことにします。あの世で青春の続きを満喫したいと考えています。ライブハウスのステージで歌うことは私の夢でした。最後に雄太が私の夢を叶えてくれます。今からやる曲は雄太と二人で作りました。ちょっとクサい内容の曲になってしまいましたが、最後にふざけた内容の歌を歌うのもどうかと思って真剣に作りました。この曲は、お父さん、お母さん、友達、そしてこの地球に残された人に対する私のメッセージソングです。それでは聞いてください」
笑顔で話す唯香の姿がパソコン画面に映っていた。
動画を見ている人数は二十人ちょっとだった。その中に唯香の両親も含まれているはずだ。
僕がイントロを弾き始める。
彼女が歌い始めた。
■□■□
生まれては死んでいく
ただそれだけのことなんだね
壮大なる暇つぶしか?
終わらない神頼み
面倒なことが生きるということ
分かりきったことなんだね
リンゴが下に落ちるように
失恋が悲しいことのように
終わりは必ずくる
それは絶望だ、と人は言う
それこそが始まりだ、と神様は言う
全てが多分、真実だよ
青い空 曇り空
雨模様の空 星空
ラブ&ピースだったわ
この世界は
みんなにも一つあるね
それが命だよ
みんなにも一つあるね
それが命だよ
悲しませたくなかった
私の存在がなくなる それだけで
悲しみたい人なんていない
きっとみんなそうだよね
でも泣いてくれるのなら
それが私の生きた証
どんな思い出よりも私の宝物
それを持って私は逝く
世界はまだまだ終らない
終らない限り悲しみも終らない
世界はまだまだ終らない
終らない限り可能性も限りない
その時は誰にも必ず来る
だから今を生きて
そのことは常に汚くて
それだけが常に美しい
みんなにも一つあるね
それが命だよ
みんなにも一つあるね
それが命だよ
■□■□
素晴らしい歌声だった。
彼女の後ろでギターを弾きながら鳥肌が立った。
唯香が歌い終わる。
僕がアウトロを弾き終わる。
彼女が一礼をした。
突然、ガガガと時空が歪んだ気がした。
次の瞬間、唯香はフィギュアの姿で固まっていた。ゲームセンターで取ったあのフィギュアだった。
時計を見ると午後二時五十三分だった。
彼女が命を絶った時刻だと思った。
丸四十九日が経過し、唯香はあの世に旅立ったのだ。
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