四月十日(日)

 バイト前に高円寺のスタジオでバンド練習があった。十二日のライブに向けて最後のバンド練習だった。練習後、メンバー全員でよく行くラーメン屋に行った。


 バイト中にポケットの携帯電話が振動してメールを受信した。見ると件名が、『唯香です。』だった。一瞬、迷惑メールかと思ったが、そんな偶然はないだろうとメールを開いてみる。

〈パソコンメールから送ってるよ。無料のアドレスをゲットしました。帰り道に二十四時間開いてるスーパーって無いかな?〉

 どうして僕のメールアドレスを知っているのかと疑問に思ったが、すぐに唯香が僕の携帯電話で携帯小説を読んでいたことを思い出した。どうやらその時にアドレスを覚えたのだろう。

〈突然でびっくりした。帰り道に二十四時間のスーパーあるよ〉と返信する。

 確か浜田山の西友が二十四時間営業だったはずだ。

〈じゃあ鶏肉と小麦粉を買ってきてもらっていい?〉

〈了解〉とメールを返信して、僕は携帯電話をポケットにしまった。


 今日、高円寺で原発反対のデモがあったらしい。

僕はバイトから帰ってきて、唯香と深夜のニュースを見ていた。帰り道にスーパーで買ってきた鶏肉は冷蔵庫に、小麦粉は流しの下にしまった。胡坐を組んで座った僕の内ももの上で、彼女は体育座りをしている。

 僕は原発に対してどんな意見を言っていいのかまだ分からない。単純にただ「反対!」というのは簡単な気がするが、それではいけない気がする。もっともらしく声高らかに「原発反対!」と唱える同い年くらいの若者をテレビの映像で見ながら僕はそう思った。そんな彼らの生活を想像してみる。一番の電力の消費をしているのは彼らではないだろうか? かなりの電力を使うと思われるクリスマスのイルミネーションを見て、彼らが「綺麗!」と歓喜の声を上げるのが容易に想像出来た。仮に電力消費を抑える為にテレビゲームを禁止にするという法案が出たら、逆にそれに対するデモが起きるのではないだろうか?

 原発に反対するのなら、僕はそれなりの覚悟を胸に唱えたい。

言うなればバンド音楽なんて電力の無駄使いだ。無駄に電力を使って大きな音をアンプから出すのだ。音楽だけに限らず、この世の娯楽の大半はそうだ。電力の無駄使いだ。

 しかし、人間はそれらを全て捨ててでも原発を廃止する時期に来ているのかもしれない。娯楽なんて言っている場合ではないのかもしれない。

 しかし、今現在、僕はバンドを捨てることが出来ない。それは僕の存在を否定されているようなものだからだ。だから原発に対して声高らかに反対することは出来ない。

「原発廃止に伴いバンド活動も禁止とします」

 そう政府が発表したら僕達は一体どうするのだろう?

 原発問題はそんなに簡単なものじゃない。テレビのニュースでデモに参加した若者が笑顔で発言しているのを見てそう思った。同世代である君達は色々なものを捨てる覚悟は出来ているのか、と問いたかった。


「死ぬってどんな感じだった?」

 布団に入って眠ろうとする時、僕はそう聞いた。夜明け前のこの時間は本当に静かだ。向こうを向いて寝ていた唯香が、こっちを向く。

「うーん。意外とあっけなかったよ。気が付いたら死んでたって感じ。私はしばらく死んだことに気付いてなかったし」

「痛かった?」

「そりゃその時はね。でもすぐ死んじゃったし。あっという間の出来事だったよ。揺れた時、おばあちゃんの部屋にいたんだけど、バキバキバキーって凄い音がしたと思ったら、あーあーあーって感じで天井が落ちてきて、グシャって感じだった」

「そうだったんだ。かなり揺れたよね?」

「そうだね。でもなんだかよく分からなかった。大きな地震が来たっていうのは分かったけど、テレビを見る間も無く死んじゃったから。こんなに大変な出来事になるなんて思ってもみなかった」

 唯香は少し興奮気味でそう言った。

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