第11話:新たな問題とギルの来訪

土器の完成と温かいスープは、俺たちの生活に革命をもたらした。


病気の発生率は劇的に低下し、子供たちの顔色も目に見えて良くなった。何より、彼らの心に「やればできる」という自信が芽生え始めたことが、最大の収穫だった。


俺たちは、カイ・ファミリーとして、一つのチームとして機能し始めていた。

トムは土器作りの改良に夢中になり、ミアはより安全で効率的な食料調達ルートの開拓に乗り出した。ダンは、リーダーとして、皆の意見をまとめ、時には厳しく、時には優しく、チームを導いていた。


俺は、そんな彼らのアセスメントとケアプランの見直しに追われる日々を送っていた。

前世とやっていることは大して変わらない。だが、そこには圧倒的な「やりがい」があった。


しかし、新たな問題も浮上していた。


「カイ、塩がもうない」


食料管理を担当していた子供が、申し訳なさそうに報告に来た。


塩。

生命維持に不可欠なミネラルであり、食料の保存にも使える重要な資源だ。今までは市場の隅でこぼれたものを拾い集めていたが、それも限界だった。


「…そうか。わかった」


どうやって手に入れるか。盗むのは論外だ。買う金もない。

前世の知識を検索する。海水から作るか? だが、ここから海までは遠すぎる。岩塩は? どこで採れるのか、情報がなさすぎる。


思考が袋小路に入りかけた、その時だった。


「おい、カイはいるか」


倉庫の入り口から、聞き覚えのある声がした。

そこに立っていたのは、ハイエナのリーダー、ギルだった。


途端に、倉庫内の空気が凍りつく。子供たちは、怯えたように俺の後ろに隠れた。


「…何の用だ、ギル」


ダンが、俺をかばうように一歩前に出て、警戒心を露わにする。


ギルは、そんな俺たちを一瞥すると、ふいと視線を逸らした。そのオーラは、以前のような攻撃的な赤色ではなく、戸惑いや焦りを示す不安定なオレンジ色に揺れている。


「…別に、喧嘩しに来たわけじゃねえ」


ギルはぶっきらぼうに言うと、足元に小さな袋を放り投げた。

中から、白く粗い結晶がこぼれ落ちる。


塩だ。


「…これは、どういう意味だ?」


俺の問いに、ギルはバツが悪そうに頭を掻いた。


「…ウチの奴が、また怪我した。お前の力が必要だ」


彼の視線が、俺の持つ「治癒」の力をはっきりと求めている。


「これは、その前金だ。…どうだ、取引、成立するか?」


ギルは、俺たちに頭を下げていた。

あの誇り高いハイエナのリーダーが。


俺たちの作った小さな文明の波が、スラムの秩序を、少しずつ変え始めている。


俺は、目の前の少年に、介護士としての顔を向けた。


「…わかった。案内しろ。ただし、俺の仲間には指一本触れさせないと誓え」

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