第8話:スティンキング・リバーの泥

「スティンキング・リバーだと…? 正気か、あんな場所に近づいたら…」


ダンが苦々しげに吐き捨てる。彼の言う通り、そこは子供だけで行くには危険すぎる場所だ。


「だが、他に粘土が手に入る場所はない。それに、危険だからこそ、誰も寄り付かない。俺たちにとっては好都合だ」


俺は冷静に状況を分析する。`リスクマネジメント`が、リスクとリターンを天秤にかける。


「計画を立てる。白昼堂々行くんじゃない。衛兵の巡回が手薄になる、夜明け前の薄明かりの時間を狙う。全員で行く必要はない。最低限の人数で、迅速に行動する」


俺は、作戦の概要を説明した。

斥候としてミアが先行し、周囲を警戒。俺とダン、そして力仕事ができそうな年長の子供数名で粘土を採取する。トムは倉庫で待機し、持ち帰った粘土の品質をすぐにチェックする。


「…まるで軍隊ごっこだな」


ダンは呆れたように言ったが、その目には反対の色はなかった。無策で突っ込むのではなく、計画的にリスクを回避しようとする俺のやり方を、彼は理解し始めていた。


翌日の夜明け前。

俺たちは、息を潜めてスティンキング・リバーの岸辺に到達した。鼻を刺すような悪臭が立ち込めている。


「カイ、あそこだ」


ミアが指さす先には、岸辺の一部が抉られ、湿った粘土質の土が剥き出しになっていた。


「よし、始めるぞ。ミアは周囲の見張りを。異変があったら、鳥の鳴き真似で知らせてくれ」


俺の指示で、子供たちが持参した袋に粘土を詰め始める。

俺は目を閉じ、意識を集中させた。`メンタル・ビジュアライズ`を広範囲に展開する。人の気配、感情の揺らぎを探る。幸い、近くに敵意や警戒を示すオーラはない。


だが、この力はWPの消費が激しい。特に、広範囲を索敵するように使うと、バッテリーがみるみる減っていくのがわかる。


(…ん? なんだ、この感じは…)


粘土を掘っている場所から、ごく微かだが、清浄な青いオーラが立ち上っているのに気づいた。

下水が流れ込む、汚染された川のはずだ。なのに、この泥には、まるで浄化作用でもあるかのような、不思議な力が宿っている…?


「カイ、どうした?」


俺が立ち止まっているのに気づき、ダンが声をかけてきた。


「…いや、なんでもない。急ごう」


今は目の前の作業に集中すべきだ。

俺たちは十分な量の粘土を確保し、誰にも見つかることなく倉庫へと帰還した。


「カイ! これ、すごいぞ! すごくいい土だ!」


トムが、持ち帰った粘土をこねながら、興奮した声で叫んだ。

その声に、作戦に参加した子供たちの顔が輝く。疲労困憊のはずなのに、そのオーラは達成感を示す明るい黄色に染まっていた。


その時、俺は自分の内側で、不思議な変化が起きるのを感じた。


(…WPが、回復している?)


ギルを癒やした時に消耗した、魂の疲労。それが、子供たちの放つポジティブなオーラを浴びることで、ゆっくりと、しかし確実に癒やされていく。


そうか、これか。

俺の力の源は、誰かを助けること。そして、その結果として生まれる「感謝」や「喜び」の感情。


前世で俺が求め、そして与えようとしていた「ケア」そのものが、この世界では俺の力になる。


俺は、自分の力の本当の意味を、少しだけ理解した気がした。

そして同時に、この力がいかに危ういバランスの上に成り立っているかも。


与えるだけでは、枯渇する。

だが、与えることで、俺もまた、癒やされるのだ。

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