前編

第2話 プロローグ

「あー、今日もいい天気だー!」


 ベッドサイドの大きなサッシ窓にかかったカーテンを開けたら、青い空と外の住宅街に太陽が照り付ける景色が見えた。平凡な住宅街であるが、夏の青空と照り付ける太陽のもとで見るその景色を瑞葉みずはは嫌いではない。そりゃおじいちゃん、おばあちゃんのとこみたいに森や山があって、木々からの木漏れ日を浴びて、目の前を清流が流れていたりしたら最高なんだけど、そこまでは求めることはできない。


「うーん……」


 ベッドから起き上がってフローリングの床に立った瑞葉は両手を上に上げて伸びをした。上半身にはパジャマ替わりのTシャツ、下半身はひざ丈のジャージ。年中共通、瑞葉の寝巻姿である。

 

 制服に着替えて階下に降りる。浴室から鼻歌とシャワーの音が聞こえる。兄の修一が肩にバスタオルを回し掛けて頭の髪を拭きながらトランクス一枚の姿でリビングに現れた。毎朝の早朝トレーニングを終えて汗を流していたのだろう。

 瑞葉の心臓が飛び上がる、でもそんなことはおくびにも出さないように苦笑いの表情を無理やりに作る。


「もー、修兄しゅうにい、裸で歩き回るのやめてっていっつも言うてるやろー。年頃の乙女がおるんやで」


「おー、瑞葉。おはよ。え? なんか言うた? 乙女とかって聞こえた気がするけど、どこに?」


 きょろきょろしてる。わざとらしい。


「目、悪いんか! ここにおるやろが。かわいい17歳のピッチピチのMJKが!」


「MJK? ああ、魔女子高生の略か?」


「なんやとー! 誰か魔女子高生じゃー! もう許さん!」


 瑞葉は修一のお腹に本気のパンチを何発も入れる。でも修一の固く締まって割れた腹筋にはまったくダメージは与えられていないらしい。


「がはは、そんなパンチが俺にきくかー」


 修一が全身に力をめる。腕、肩、胸、腹筋、大腿四頭筋、ふくらはぎの筋肉が盛り上がる、血管が浮いて見える。また瑞葉の心臓が跳ね上がった。そんな裸の兄の体に触れてしまったことに今更ながら気が付いて顔に血が上るのを感じる。

 

「もう! 恥ずかしいから早く何か着て!」


 瑞葉は顔の火照りを隠すようにしてそっぽを向いた。


「へーい」


 修一は瑞葉の言葉をまったく意に介していないような生返事をすると鼻歌を歌いながら奥の自室へと入っていった。瑞葉と両親の部屋は2階にあり、修一の部屋は1階にある。血のつながらない兄妹を両親がおもんぱかってのことなんだろうとは思う。


 瑞葉は「はあ」と小さく溜め息をついた。兄の修一は4歳年上の大学3回生。瑞葉が小学校5年生のとき母親が再婚した相手の連れ子だった。だから瑞葉と修一は戸籍上は兄妹だが生物学上の血縁関係はない。


 瑞葉はもうずっと前から自分の気持ちに気が付いていた。それに蓋をして同じ屋根の下で生活してきた。それがこの頃は少ししんどくなってきた。


「うちの気も知らんと。ばか兄貴!」


 瑞葉は小さな声でつぶやいた。





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