【第2章】 羽蛇の預言⑴

夜更け、ネット掲示板で不可解なリンクが拡散された。

 ――「羽蛇神ケツァルコアトルの預言」。


 黒木がその動画を発見したのは、事件から三日後のことだった。

 自宅の暗い部屋で再生ボタンを押すと、映像は奇妙に洗練されていた。


 画面中央に立つのは、黄金の羽根を象った仮面を被る人物。

 全身は白いローブで覆われ、背景には安っぽい布の幕が張られている。だが、その幕にはアステカ風の象形文字がびっしりと描かれており、素人の悪ふざけとは一線を画していた。


 《人々よ、聞け。羽蛇ケツァルコアトルは目覚めた。

  皮を剥ぐ神が地を覆う時、血と炎が天を裂く。

  救済は羽蛇のみ。彼の光に従え。》


 声は電子的に加工され、重低音で響き渡る。

 そして画面には「太陽石」の断片と、羽蛇を象った文様が映し出された。


 悠真は、黒木の背後からそれを覗き込み、息を呑んだ。

 「……これは、ただのイタズラじゃない。文様の一つひとつが正確です。特にこの意匠は“ケツァルコアトルの神殿”にしか出てこないはずだ」


 黒木は画面を止め、仮面の男の瞳孔が光を反射しているのを拡大する。

 「誰かが本気で作ってる。映像編集もプロ級。……これ、都市伝説ってレベルじゃなく、プロパガンダね」


やがて動画はこう結ばれた。


 《七日後、羽蛇は東の空に現れる。その時、血と火が天を裂き、仮面を持つ者が真の王を示すだろう》


 ネットは騒然となった。

 「これ、上野の事件と関係あるんじゃ?」

 「次は“羽蛇の儀式”か?」

 「仮面って……シペトテックのことか?」


 噂は瞬く間にSNSで拡散し、まとめサイトが「アステカの五大神、復活か?」と見出しを打つ。

 そして、怪しげな新興団体が出現した――《羽蛇会》。


「羽蛇会」の代表を名乗るのは、仮面の人物――教祖“羽蛇”。

 メンバーは顔を隠し、統一された白いローブを着て路上でチラシを配り始めた。

 そこにはこう書かれていた。


 《羽蛇は再生と叡智の神。血に飢える皮剥ぎの神から人々を救済する。

  その証として、七日後に“羽蛇の光”が東京を覆うだろう》


 オカルト雑誌や都市伝説サイトはこぞって取り上げ、半ば祭り騒ぎのような様相を呈していく。

 だが、その裏で――不可解な「失踪事件」が報告され始めた。

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