【第1章】 黒曜石の鏡⑶

上野の国立博物館は、昼間だというのに異様な緊張感に包まれていた。

 入口には制服警官が立ち、館内の一部は立入禁止のテープで封鎖されている。一般公開は再開していたが、例の展示室だけは閉ざされたままだった。


 悠真と黒木は、警視庁の知人を通じて特別に「搬入口付近」を見せてもらえることになった。

 迎えたのは刑事の神津玲央。四十前後、痩身で鋭い目つき。オカルト嫌いとして知られ、今回の件でも都市伝説の広がりを「くだらん迷信」と一蹴していた。


 「……学生にジャーナリスト? まったく、警察は見世物小屋じゃないんだがな」

 神津は露骨に不満を滲ませながらも、現場へと案内した。


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そこは、薄暗い搬入口。

 コンクリートの床に、まだ血痕の痕跡がうっすら残っている。

 そして、問題の「黒曜石の破片」が散乱していた。


 悠真はしゃがみ込み、破片を手袋越しに観察した。

 漆黒の表面は光を受けて鈍く輝き、まるで闇そのものを削り取ったかのようだった。

 「……これは明らかに、古代の祭具に使われた黒曜石ですね。鏡、あるいは刃物の一部か」


 神津が鼻を鳴らす。

 「ただのガラス片じゃないのか?」


 悠真は首を横に振った。

 「ガラスではこんな光は出ません。まして割れ方も独特です。……誰かが意図的にここへ撒いた可能性があります」


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 その時。

 黒木が監視カメラの映像を確認して声を上げた。

 「見て、ここ!」


 映像には、深夜、展示室を歩く人影が映っていた。

 頭には奇妙な仮面――皮を剥がれた顔を模したような異形。

 そして手に持っていたのは、黒光りする円盤のようなものだった。


 人影はカメラをじっと見つめる。

 次の瞬間、映像が乱れ、砂嵐のように崩れ落ちた。


 黒木は小声で呟いた。

 「……“煙る鏡”……テスカトリポカ」


 悠真の胸が重く沈んだ。

 これは偶然ではない。

 まるで都市伝説を演出するかのように、神話をなぞる行為。


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 調査を終えて外に出ると、黒木のスマートフォンが震えた。

 新しいメールが届いていた。送り主不明、件名なし。

 本文はただ一行。


 《私はテスカトリポカの影。次に鏡を覗くのは、お前だ》


 添付された画像には、真っ黒な鏡に浮かび上がる悠真の横顔が映っていた。

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