さようなら。この屋上で、世界を見つめる。
エリー.ファー
さようなら。この屋上で、世界を見つめる。
屋上に、鳥がいた。
しかし、その鳥には羽がなかった。
けれど、その鳥は器用に飛ぶことができた。
いや。
飛んでいるとは言い難い。
何故なら、その鳥は。
フェンスで囲まれた屋上の中でしか飛べなかったのだ。
鳥は語る。
「僕は、鳥なんだ。でも、飛ぶのは得意じゃないんだ。だから、ここだけ。ここだけの鳥」
私は、鳥と仲良くなった。
間違いなく、私と鳥の間には通じ合うための何かがあった。
遠くに見える海にも鳥はいたが、屋上にいる鳥とは明らかな違いがあった。羽がない、だけではない。自由さも、なかった。
悲しいかな。
その不自由さが、私と屋上の鳥とを繋げていた。
朝日も、昼の太陽も、夕焼けも、月光も。
全ては、鳥のために存在しているかのようだった。
そう。
時間と景色は、屋上の鳥を愛していたのだ。
私も、また、愛していた。
鳥がフェンスに触れながら私を見つめる。
「君は、なんで肌が黒いの」
私は鳥を直視しないようにして、景色を眺めた。
鳥は、いつまでも、ずっと鳥であり続けてくれるだろう。
私は、微笑みそうになって、直ぐに取りやめた。
「父がブラックだから」
「お母さんは」
「お母さんは、分からない」
「分からないなんて、ことあるんだ」
「鳥は、そういうことはないの」
「鳥はないよ」
「なんで」
「屋上でしか飛べない鳥は、みんな、お父さんとお母さんが同じだから」
誰かが飛び降りたかのような音が聞こえた。
水の音にも近かったような気がする。
鳥の形をした呪いが、私を侵食してくるような気がした。私は、やはり孤独なのだ。
私の性格は鉄に近いそうだ。
冷たいが、徐々に熱を持つ。
その熱は剝がれにくい。
太陽の白い光が私の目に入り込んできて、鳥を失わせる。
そう。
一か月後。
屋上の鳥は消えた。
私は屋上に行くことをやめて、地下室に居場所を求めるようになった。
けれど、地下室にも居場所はなかった。
分かり切っていたことだ。
私は地面に立って、自分の生き方について考えるようになった。
そのうち、評論家を名乗るようになった。
仕事はつまらない。
金は貯まる。
役に立つ仕事ではない。
役に立つと思わせる仕事でしかない。
ああ。
芸術家だ。
いや。
仕事は、すべてそうだ。
私は屋上の鳥を見た。
それは、コーヒーの湯気の向こう側であったし、浸水した屋敷の姿見の中であったし、森の中に落ちたビニール袋の中であった。
私は気が付くと屋上にいた。
落ち込んでいる人がいた。
そう。
屋上の鳥だった。
「何で、屋上の鳥なんて名乗ってるの」
「皆が、勝手にそう呼んだんだ」
「でも、気に入っていたでしょ」
「最初だけね」
「最初が肝心」
「最初がずっと続くなら、それは正しい意見だと思う」
「屁理屈ばっかり」
「屋上の鳥は、屁理屈を言わないと死んでしまうんだ」
「じゃあ、死んで」
評論家らしくない言葉だと思った。
屋上の鳥は、評論家の果てを見た本物だった。
いや。
これは、私の妄想なのかもしれない。
「鳥らしく、飛び散って死のうかな」
「飛び立って死のう、じゃないんだ」
もしかしたら、私はこれから評論家をやめてしまうかもしれない。
けれど、それでいいのだ。
評論家という職業を軽視する気はない。
そうではなくて。
その。
なんていうか。
そういうことなのだ。
そういうことって、言い方は、あれか。
でも、まぁ。
いいじゃないか。
そういうことで。
さようなら。この屋上で、世界を見つめる。 エリー.ファー @eri-far-
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