第2章:私の"推し"、見つけました
転生してから三週間が過ぎた。
毎日の日雇い仕事で何とか食いつなぐ生活に、少しは慣れてきた。それでも手持ちのジュエルはいつもぎりぎりで、まともな服を買う余裕もない。街で見かける人気者たちとの格差は開く一方だった。
その夜は、いつもより激しい雨が降っていた。仕事を終えて宿に帰る途中、雨宿りを求めて小さな酒場に飛び込んだ。「金色の竪琴亭」という看板が出ているが、店内は薄暗く、客もまばらだった。
隅のテーブルに座って、安いエールを注文する。一口飲んだ時、奥の小さなステージから、音楽が聞こえてきた。
最初は何気なく聞いていた。でも、歌声が始まった瞬間、私の全身に電撃が走った。
それは、今まで聞いたどんな歌声よりも美しく、心の奥深くまで響く声だった。技術的にどうこうという問題ではない。その歌声には、聞く者の魂を震わせる何かが宿っていた。
慌てて振り返ると、そこには一人の青年がいた。深いフードを被って顔はよく見えないが、細い体躯からは繊細さが滲み出ている。彼の歌う恋の歌は、まるで彼自身の心の叫びのように聞こえた。
「すごい…」
思わず呟いてしまう。これほどの才能を持った人が、こんな寂れた酒場で歌っているなんて。前世でStellar☆Dreamsを応援していた時以来の、強烈な感動が胸を突き抜けた。
でも、見回してみると、酒場にいる客のほとんどは自分たちの会話に夢中で、彼の歌に注意を向けている人はほんの数人だった。歌い終わったあと、投げ銭箱に入れられたジュエルも、片手で数えられる程度だった。
青年は小さく会釈をすると、次の曲を始めた。でも今度は、さっきよりもさらに声を潜めるように歌っている。まるで、誰かに聞かれることを恐れているみたいに。
私は席を立ち、ステージに近づいた。青年の横顔がほんの少しだけ見えた。整った輪郭と、長い睫毛。そして何より、歌っている時だけ浮かぶ、とても切なそうな表情。
この人は、本当に歌うことが好きなんだ。でも、怖がっている。
前世でアイドルを応援していた経験が、私にそう教えてくれた。才能があるのに、それを十分に発揮できずにいる人特有の、複雑な感情が見て取れた。
青年が三曲目を歌い終えた時、私は決心した。財布から、持っているジュエルを全て取り出す。日雇い仕事で稼いだ十二個のジュエル。これは明日の食事代だったが、そんなことはどうでもよくなった。
投げ銭箱にジュエルを入れながら、私は声をかけた。
「あの、すみません」
青年はびくっと身体を震わせ、フードをより深く被り直した。
「お歌、とても素敵でした。もしよろしければ、お名前を教えていただけませんか?」
「あ、あの…アキと申します」
か細い声だった。人と話すことに慣れていない様子が伝わってくる。
「アキさん。私、星野栞と申します。実は、お願いがあるんです」
アキの肩がさらに縮こまった。
「あなたの才能、もっとたくさんの人に知ってもらいたいんです。だから…私に、あなたをプロデュースさせてください!」
その瞬間、酒場全体が静まり返った。そして、アキは顔を上げて私を見た。フードの影から覗く瞳は、驚きと困惑でいっぱいだった。
「プロデュース…ですか?」
「はい!あなたの歌声は本物です。でも今のやり方では、その魅力が十分に伝わっていません。私に任せてください。絶対に、あなたを輝かせてみせます」
前世での推し活経験から得た確信が、私の言葉を力強くしていた。この人には、間違いなく人を魅了する力がある。それを引き出し、正しく世に送り出すことができれば…。
アキは長い間黙っていた。そして、小さくこう呟いた。
「僕なんかに、そんな価値があるでしょうか」
その言葉に、私の心は締め付けられた。この人は、自分の才能を信じられずにいるのだ。
「あります」私は即答した。「絶対にあります。だから、私を信じて下さい」
アキはもう一度私を見た。今度は、少しだけ希望の光が宿っているように見えた。
「わかりました。栞さんに…お任せします」
それが、私たちの運命を変える契約の瞬間だった。
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