第3話 止まった給料、崩れた信頼

【任務提示】:給料なしの1ヶ月を生き延びろ


 四ヶ月目──

 会社からの給料が、誰にも振り込まれなかった。


 Slackは、一斉に沈黙。


 広告は止まり、

 新規プレイヤーは激減。

 サーバーは、一週間まるごと落ちた。


 当然、ユーザーはほぼ全滅。

 戻ってくる者は、いなかった。



 数日後。

 田島:「……辞めます。」

 その一言だけが、Slackに残された。

 ゲームの管理は、水原さんに引き継がれた。


 ──水原、ついに喋る!!!

(Slackで、だけど)


 ……正直に言うと、彼女の言葉遣いは驚くほど礼儀がなかった。

 しかも誤字脱字がひどい。


 私は別に気にしないけど、

 QAさんは、どうやらそうじゃなかったらしい。


 それでも彼は、とても丁寧に指摘してあげていた。


 ほんと、いい人だなって思った。


 ……ただ、たまにレスポンスの端々に「若干キレてる?」みたいな気配もあった。

 そのタイミングで、田島(まだ辞めてない扱い)が、たまに間に入って和らげたりしていた。




 ゲームは一応、継続運営されていた。

 ……が、あの一週間の停止は致命的だった。

 復帰したところで、かつての活気は戻らない。


 田島が去ってから、そんなに日も経たないうちに──

 会社が、オフィスを引っ越した。


 場所は……かつての一等地、Aクラスのオフィスビルから、

 古くて、駅からも遠い、まるで物置みたいな建物へ。


 その新しいオフィスで、水原さんがSlackにこう書き込んだ:

「トイレめっちゃ汚いです

 もうやめます」


 ……その気持ち、女性としてすごくわかる。

 トイレの清潔さって、本当に大事。



 もともと、水原さんの貢献度はそこまで高くなかったし、

 正直、そこまで困らない……と思ってた。


 でも──

 PMがいない状態で、誰が私と杉本さんの窓口をやるの?


 そんな疑問が浮かんだ、水原の最終出勤日。

 しかもその日は、バージョン更新日だった。


 プレイヤーから次々に報告が入る:


「ログインできません」

「再インストールしたら起動するけど、データ引き継げない」

「新規だけ動くけど、復帰組は遊べない」


 チーム全員が混乱した。

 何が起きているのか、誰もわからなかった。


 ──そんな中、私はふと気づいた。

「……バージョン番号、末尾がC?」


 ちょっと待って、それ……

 内部用のDEBUGバージョンじゃん!!


 正式リリースはP版のはずなのに!


 C版のクライアントには、社内スタッフ用の管理メニューがある。

 好きにアイテムを配れるし、ステータスも改変できる。


 ──つまり、チートし放題。


 慌ててサーバーを止めて、正しいバージョンに差し替えた。

 そのC版をアップロードした人は……


 ……水原。


 ──よりにもよって、退職最終日にやらかす!?



 私は、思わず沙耶に連絡を取った。

 彼女は水原のことをずっと「新人だから守ってあげないと」って言っていた。


 沙耶:「あ、もう彼女から連絡あったよ。

    自分はちゃんと渡したって言ってたし……

    ていうか、あれを受け取った人、ベテランでしょ?

    そんな人が間違えるわけないって」


 ……ん?


 私:「……っていうか、誰もゲーム起動して確認してないの?

   アップ後にチェックするの、基本中の基本でしょ……?」


 ──そのあと、沙耶がぽろっとこぼした。


「なんか、みんなが自分を責めてる気がして、もう無理って言ってたよ。

 Slackも怖くて見れなかったって……」


 ……えっ?


 いやいや、待って待って。


 あの無礼な口調と誤字まみれの文章、完全に自爆でしょ……?


 QAさんも、田島も、ちゃんと言葉を選んで、優しく指摘してたじゃん。

 それでも「責められてる」って感じちゃうんだ。


 ……最近の若い子って、指摘=攻撃に見えちゃうのかな(汗)


 混乱。

 責任の押し付け合い。

 機能しない管理体制。


 誰も謝らない。

 誰も修正しない。


 ただ、またプレイヤーが減っていくだけ。


 これが──奈落。

 そりゃあ、みんな辞めるわけだよ……。


【現在ステータス】

 HP:72/100 MP:35/50

 状態異常:疲労+憤り+誰がPM?(管理不在)

 所持アイテム:誤配信されたデバッグ版、確認されなかったSlackログ

 特記事項:水原ロスト、社内チェック体制ゼロ、バージョン事故記録+50

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