「ひどいわ、エリオット様……。私が何か、あなたのお気に障ることでもしましたか……？」

　リリアナは美しい瞳に涙を浮かべ、か弱く震えながら僕を見つめた。その姿は庇護欲を掻き立て、周囲の男たちの同情を一身に集めている。

　もちろん、全てが演技だということは、原作を知っている僕には分かっている。

「違う、僕はわざとじゃ……」

「言い訳はよしなさい！」

　僕の言葉を遮ったのはアレクシスだった。彼はリリアナを庇うように抱き寄せ、鬼のような形相で僕を睨みつける。

「お前は昔からそうだ！ いつも捻くれていて、人の幸せを妬んでばかりいる！ 今日という今日は、私の大切なリリアナ嬢を傷つけたな！ 断じて許さん！」

　アレクシスの声に同調するように、周りの貴族たちからも非難の声が上がる。

「なんて卑劣な男だ」

「アシュベリー公爵家の恥さらしめ」

　突き刺さるような視線と、容赦ない言葉の刃。僕はただ、唇を噛みしめて俯くことしかできなかった。

　父であるアシュベリー公爵も、冷たい目で僕を一瞥すると、「出来損ないめ」と吐き捨て、アレクシスたちの輪に加わった。

　誰一人、僕の味方などいない。

　絶望が、じわじわと心を侵食していく。ああ、やはり運命には逆らえないのか。

　その時だった。

　ぐらり、と視界が歪み、体の奥底から経験したことのない熱が込み上げてくるのを感じた。

（……なんだ、これ……っ）

　毎日飲んでいた抑制剤の効果が、極度のストレスで切れてしまったのだ。

　次の瞬間、僕の体から、自分でも分かるほど甘く濃密な香りがふわりと立ち上った。熟れた果実のような、抗いがたいオメガのフェロモンが。

　会場が、一瞬にして静まり返る。誰もが信じられないという顔で僕を見ていた。アシュベリー公爵家の次男が、ベータではなくオメガだった？ その事実は、ワイン事件よりも大きな衝撃を人々に与えた。

「オメガ、だと……？」

「なんて香りだ……」

　近くにいたアルファの男たちが、欲望にぎらついた目で僕を見つめる。

　まずい。このままでは、どうなるか分からない。恐怖で体が震え、立っていることすらままならない。

　ああ、もう終わりだ。僕の人生は、ここで終わるんだ。

　涙が溢れそうになった、その時だった。