深淵を探る者たち 〜未解決事件を語るだけの配信だったはずが、事件はリアルタイムで動き出す〜

ゆりんちゃん

Chapter.1 はじめに

「やあ、こんばんは。アンカールだ。今宵も世界の奇妙な闇の淵へ君たちを誘おう」


 柔らかな、それでいてどこか聞き手の心を捉えて離さない声が、画面の向こうから響く。書斎の写真を背景に、端正な顔立ちの女が映っていた。彼女は五年前にデビューした人気配信者で、アンカールと名乗っていた。


 コメント欄が、待ってましたとばかりに一斉に流れ出す。

『きたあああああ!』

『こんばんは、アンカールさん!』

『週一の楽しみ!』


 アンカールは、その流れに穏やかな笑みで頷くと、少しだけ真-真面目な顔つきになって切り出した。


「さて、今夜は四半期に一度の特別企画。私自身が選りすぐったゲストの方々をお招きして、未解決事件やオカルト案件について心ゆくまで語り明かす一夜だ」


 その言葉に、コメント欄はさらに沸き立つ。

『待ってました!』

『三ヶ月に一度の神企画!』

『ゲストはいつものメンバーかな?wktk』


 期待に満ちた視聴者の反応に満足げな表情を浮かべたアンカールだったが、次の瞬間、申し訳なさそうに少し眉を下げた。


「本題に入る前に、一つ報告がある。今日は少しばかり立て込んでいてね。配信部屋ではなく、とある場所から野外配信という形でお届けしている。背景が書斎の壁紙なのは、そういう事情でね」


 その言葉に、視聴者からは心配の声が上がる。

『え、外なの!?』

『無理しないでください!』

『主催者が大変じゃないか…』


「ありがとう。だが、この企画の主催は私だ。急な変更にもかかわらず集まってくれたゲストの皆、そしてこうして画面の前で待っていてくれた君たちに申し訳が立たないからね」


 そう言って柔和に笑うアンカールは、ふと、悪戯っぽく片方の口角を上げた。


「ただ……この配信をリアルタイムで見ている君たちは、もしかしたら幸運かもしれない。何せ、今夜はサプライズが起きるかもしれないからね」


 その意味深な一言に、コメント欄は再び騒然となる。

『え、なに!?』

『お知らせってこと?』

『案件ゲットしたか』


 飛び交う憶測の数々に、アンカールはただ含みを持たせた笑みを浮かべるだけだった。彼女は軽く咳払いをすると、仕切り直すように言った。


「さて、そろそろ始めようか。未解決事件とオカルトの夜会を。まずは、急な企画内容の変更にもかかわらず、快く出演を了承してくれた素晴らしいゲストたちに、心からの感謝を。では、紹介しよう」


 画面が切り替わる。

 そこに映し出されたのは、ブレザーの制服に身を包んだ、鮮やかなピンク色の髪の女性だった。黒縁の眼鏡の奥の瞳が、少し落ち着きなく泳いでいる。


「ど、どうも〜……。く、栗栖あがさ、です……。い、いえ〜い……」


 所々吃りながら、無理やり作ったようなギャル語で彼女が挨拶すると、コメント欄は温かい(?)ツッコミで溢れた。

『相変わらず無理してんなw』

『そこがいい』

『あがさ先生ちーっす!』


「あ、あの……! 投稿サイトで、新作の連載、始めたんで……よ、よろしく、お願いします……!」


『待ってました!』

『新作楽しみ!』

『また友人が犯人か?www』


「次は彼女だ」とアンカールの声が響き、画面が再び切り替わる。


 鬱蒼と茂った木々を背景にした、どこかの無料駐車場だろうか。カメラのライトに照らされ、背景とは不釣り合いな露出度の高い巫女服を着て、片手にスマートフォンを持った一人の女性が映し出される。人気アニメ『戦乱のアンチテーゼ』のヒロインである戦闘アンドロイドメイド巫女のコスプレだ。


 彼女はヒロインのポージングを再現して、「冥王様に代わって退魔しちゃうぞ☆」と決めてみせる。


 すかさず『きっつ』『ババァ無理すんな』というコメントが流れると、それをスマートフォンの画面で見たのか、彼女は「誰がババァだゴルァ!」とブチギレた。


 すると画面の外から、「落ち着いてミティ。とっても素敵、似合ってるよ」と女性の声がする。

 それを聞いて落ち着きを取り戻した巫女姿の女性は、一言「ありがと」と呟き、カメラに視線を向けた。


「ども。心霊スポット突撃系コスプレ配信者のミティだよ♪」


 そしてカメラの視点が辺りを映し、またミティへと戻る。

「さて、ここはどこでしょうか?」と視聴者に問いかける。


『うわ、またヤバそうなとこ…』

『今度はどこだよ』

『不法侵入系の間違いだろ』


 カメラの視点がまた移動し、今度はそのカメラを操作していた人物、眼鏡をかけた地味な印象の女性の姿を映す。

「……ルックです」


 ボソリと自己紹介する彼女に、対照的なコメントが飛ぶ。

『相変わらず暗いなw』

『ミティより好き』

『ルックちゃんかわいい』


 その瞬間、ミティが画面にフレームインし、ルックの隣に立つと、その頬に自分の頬をぴたりとつけてすりすりと甘えた声を出す。

「みんなダメだよー! ルックは私のなんだからねっ!」

「ちょ、ミティ、やめて……」

 ルックは顔を真っ赤にしながらも、弱々しく抵抗する。


『はいはい、てぇてぇ』

『相変わらずのいちゃつきっぷり』


「もー、アンカール! 急に行き先変更とか、こっちは大変だったんだからね!」

 ミティがカメラに向かって文句を言うと、アンカールの苦笑混じりの声が返ってきた。


「ははは、すまなかったね。だが、それに見合うだけの見返りは、この配信中にできるかもしれないよ」

「……まぁ、あなたがそういうなら、いいけど」

 アンカールの言葉に、ミティは意外なほど素直におとなしくなった。


「そして、最後のゲストだ」


 アンカールの声に、コメント欄が「誰だ?」「大物か?」と騒ぎ出す。画面に映し出されたのは、可愛らしいデザインのVtuberアバターだった。


「は、はじめまして……! ピピル野ピピカです……! み、みんな、よろピピ〜……!」


 緊張した口調での自己紹介に、コメント欄は困惑の色に染まった。

『誰?』

『え、知らない…』

『新人さん?』


 その疑問に答えるように、ある視聴者のコメントが投下される。

『ピピル野ピピカ:去年デビュー。クソ浅い知識で未解決やオカルト解説をしているVtuber。登録者数35、フォロワー数42』


『クソ底辺で草』

『なんでこの人がゲストなんだ?』

『コネか?』


 戸惑いの声が広がる中、アンカールが静かに説明を始めた。

「実は彼女、少し前に私にDMをくれたんだ。『あなたに憧れて、似たような活動を始めました』とね。その情熱に心を打たれて、今回、私から彼女に頼んで出演してもらったんだ」


 アンカールの真摯な言葉に、コメント欄の流れは一変する。

『ごめんピピカちゃん』

『アンカールさん、マジか…』

『泣ける話』

『応援するわ!』


 温かい空気が流れる中、アンカールは力強く宣言した。


「さて、役者は揃った。では早速、今回のテーマを発表しよう」


 その言葉を合図に、奇妙で長い夜の幕が上がろうとしていた。

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