同姓同名

@rei_Satou

第1話

六時間目。本日最後の授業は、よりによって体育だった。

別に運動ができないわけじゃない。でも体育って、ルールが細かかったり団体競技で気を遣ったり、どうにも苦手意識がある。


中学の体育館は狭くて、男女が交代でコートを使う。今日はバスケの試合。私は補欠なのでベンチ横で点数係をしていた。


女子の試合中、男子たちはコートの周りで群れておしゃべりしている。そのざわめきの中、ふと自分の名前が耳に飛び込んできた。


――かのん。


「かのん、ちょっといいよな」

「え、それってどっちのかのんの話?」


この学年には“かのん”が二人いる。ひとりは背が低くて、運動神経抜群。ぱっちり二重で可愛い、いわゆるアイドル的存在。

そしてもうひとりが私。背が高くて、ガタイがよくて、メガネ。


みんな分かってる。私だって分かってる。比べられれば、答えなんて決まってる。

だから同じ名前なのが嫌だった。彼女と同じ“かのん”であることが、ただの罰みたいに思える。


「ブスの方? 可愛い方? ははっ」


そう言って笑ったのは、私の幼なじみのしゅんだった。

……ブスの方。間違いなく私のことだ。


試合のスコアを記録する手を止めないように必死だったけど、頭の中は男子たちの会話でいっぱいになる。


「ブスのほうってさ、メガネ可哀想すぎだろ、あはは!」

「やめろよ、聞こえるって!」


笑い声が重なり、心の奥をぐしゃぐしゃにかき乱していく。


そのとき、低く真剣な声が割り込んだ。


「……そういう言い方すんな。スタイル良くて、美人な方のかのんだから」


一瞬、時間が止まった気がした。

声の主は、私がずっと密かに好きな人――しょうくんだった。


胸が熱くなって、涙がにじみそうになる。嬉しくて、でも信じられなくて。その後の男子の話し声は、もう何も聞こえなかった。


残り五秒。体育館にはシューズが床をきゅっと鳴らす音と、バスケットボールが弾む音だけが響く。

ブザーが鳴った瞬間、試合終了の音と一緒に、私の中で何かが確かに変わった。

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