第5話 黒色の夏


 氷室と神原は駅前のファミレスに寄った。

 お互いに冷たいものを頼むと、外の暑さを癒すように飲み物を口につける。

 飲み物が半分ほどなくなったあたりで、神原が口を開いた。

 

「そのごめん、肝試しで」

「……いいよ、大丈夫」


 大丈夫ではない。

 氷室自身もなぜこんな危険な目に遭いに行こうとしているのか分からなかった。

 遊びの機会はきっといくらでもあるのに。

 氷室は口を開く。

 

「あのさ、今日の肝試しずっと俺のそばにいてくれない?」


「えっ」


「ごめん、気持ち悪いよね……でも怖くて」


「いいよ、いいよ全然!何だったら手でも繋ぐ?!」


 その言葉に氷室は思わず笑い出す。

(普通なら気持ち悪いお願いなのに)

 

「なんか、笑ったら緊張とれたかも」


「なら良いけど……あ、そういえばさ」


 神原は少し視線を泳がせると、口を開く。


「夏休みの最終日に花火大会あるんだけどさ、一緒に行かね?」


「花火大会?」

「おう、祭り行きたかったんだろ?一緒に行こうぜ」


 神原は優しい笑顔で氷室を見つめる。


「俺、友達と祭りに行くの、初めて」


「よっしゃ、宿題終わらせとけよ!」


「神原もね」


 二人は冷房がよく効いたファミレスで笑い合う。

 楽しい夏休みが始まった、と氷室はその時まで思っていた。


――――――――――



 午後6時。

 集合場所の駅前で集合し、全員で肝試しの目的地まで向かう。

 駅に近い住宅街を抜け、山の中腹に向かって歩き出す。


(そういえば、どこに行くのか神原に聞いてなかったな……)


 氷室は神原に尋ねる。

 

「ねえ、心霊スポットってどんな所?」

「あれ、神原場所言ってねーの?」

「あ、そういえば忘れてた」

「逆に氷室も当日まで気にならなかったのかよ」


 柿田があえて低い声で喋り出す。


「俺たちが行くのは……夜な夜な怨霊が叫び声を上げていると噂されている廃神社だ……そこに行った人間は、気が狂って死んじまうらしい」


「多分デマだけどな」


 天木がやれやれと言うように肩を竦める。

 氷室は苦笑いを浮かべながら二人の話を聞く。


「あんま怖がらせんなよ、氷室怖いの苦手んなんだって」


 神原が柿田を諌める。


「雰囲気作りだよ!ムードって大事だろ!」

 

 山の中はライトがないと大分暗いが、道が綺麗に舗装されているから、見通しが良く歩きやすかった。


 だからこそ、氷室には都合が悪かった。

 神社のかなり手前の方から、次第に霊が増えていることに気がついてしまう。

 霊たちがガヤガヤと声を上げながら歩いてくる男子の一団に気が付かないわけがなかった。

 声を聞きつけて集まって来る者もいれば、騒音を嫌がり立ち去っていく者が分かるほど、この廃神社には霊が集まっていた。

 氷室は視線を合わせないように咄嗟に下を見る。


『うるさーい、うるさーい』

『楽しそう、まぜてまぜてまぜて』

『男の子だ……男の子いっぱいいる』

『帰れ、帰れ……帰れ、帰れ』


 耳に届くだけでもこれまでの経験したことがないほどの霊がいる。

 氷室の背中に冷や汗がダラダラと流れる。

 氷室は恐怖のあまり神原の腕を掴み。


「っ!……どうした?」

「くっ、暗いの怖くて!」

「大丈夫か、帰る?」


 神原の提案はあまりに魅力的だった。

(そうだ、このまま神原と帰ろう。そうすればきっと安全に)




『お前、見えているな』




 耳のそばで囁かれる。

 男と女の声が混じり、地の底から響くような、錆びた鐘が鳴るような形容し難い不快な声だった。

 氷室は息をすることを忘れ、足を止めてしまう。

 そのせいで一瞬だけ神原の腕から手を離してしまう。


「あ」


 喉が凍りつき、それ以上の声が出ない。

 その瞬間でも狙っていたのだろうか。

 氷室の前に黒い靄が現れる。

 身体中の至る所に目玉が付き、チグハグな手足がついた人のような形をしたものだった。

 どこにも口がないのに、それはケラケラと笑っている。


 それは大小様々な腕を氷室に伸ばすと、体の中に無理矢理入ってきた。


「がっ、あ゛ぁ」


 黒い手が身体中を這いずり回る。

 肺や胃を鷲掴むと、まるでおもちゃで遊ぶそうにぶんぶんと腕を振る。


「あ゙あ゙あ゙あ゙っ、あ゛あああ!」


 あまりに激痛に氷室はその場に倒れのたうち回る。

 あまりの突然に光景に、誰も理解が及ばず氷室を見つめる。


「いだい!いやだ出ていけ!が、あ゛、つかむな、はなして!」


 内臓を内側から握られ、楽しそうにする霊が憎くてたまらない。

 その憎しみすら、そいつにとっては楽しいようで氷室は身体中を好き勝手にされる。


「氷室?……氷室おい!しっかりしろ!」


 一番先に我に帰った神原が氷室の肩を掴む。

 中でそれが一瞬たじろぐが、氷室の中を諦める様子はない。


「ど、どうするよ!噂って本当だったのか!?」

「俺らもやばいんじゃねぇの!?」

「に、逃げよう!」


 パニックになった2人が我先にと山を降りていく。

 神原と柿田と天木が残り、氷室の介抱をする。

 

「あいつら逃げやがって!」

 天木が苛立ったような様子を見せるが、すぐに氷室の声に耳を傾ける。


「おいどこが痛いか言えるか?!」


「あ゙あ゙あ゙っ、息、できな、い」


「呼吸器系か?俺らじゃ無理だ、おい柿田!救急車呼べ!」


「わ、分かった!」


「おい氷室、しっかりしろ!氷室」


 肺を握り潰そうとしてくるそれのせいで、氷室は咳き込むと同時に血を吐く。

 神原が氷室に手を握る。

 中でそれが少しずつ身体から消えて行くが、最後の力を振り絞っているのか、また大きく暴れ始める。


「たすけ……て、かんば、ら」

 

「ああ、大丈夫だよ!大丈夫、すぐに救急車来るから」

 

「こわ、い、手、にぎって……」

 

「離さないから!絶対離さないから、死ぬな氷室!」


 神原の手が氷室の手を強く握る。

 一瞬黒いそれが体の中で動きを止める。

 黒いそれは大きな声で喚きながらを消え去っていった。

 氷室はようやく安堵するが、体に蓄積したダメージのせいで次第に意識が沈んでいく。

 意識を失う瞬間、氷室は神原の顔を見る。

 いつもは見ることができない、恐怖と悲しみで涙を流した顔がそこにはあった。

 

(神原は、笑ってる方が好きだな)


 そんなことを思いながら、氷室は意識を失った。

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