昼休み

 朝のHRを終えて、欠席続きで置いていかれている授業を受け、短い休み時間は菩提寺に勉強を教えてもらって過ごす。

 1時間目から4時間目まで1度も体調不良による離席をしなかった俺は、昼休みを告げるチャイムを聞きながら余韻に浸った。


(ああ……こんなに体調がいいのはいつぶりだろう……)


 教室の隅にいた悪霊はいつの間にかいなくなっており、代わりに無害な霊が2体ほど教室を漂っている。体調はいいものの、学校の霊が減った気配はなく居心地は悪かった。


「善本。よかったら一緒に昼食わないか」

「おっ、いいの? いつも一緒に食べてる友達いなかった?」

「ああ、別で食べるって言ってあるから──」

「マーコトくん! お昼一緒に食べよ~」


 後ろのドアが大きい音を立てて開き、金髪のヤンキー──静先輩が現れ、漂っていた霊が壁をすり抜けて逃げた。

 昼休みの雑談で騒がしかった教室が一気に静まり、多くの生徒は先輩のいない方のドアからそそくさと廊下に出て行く。一部の女子は教室に残って、「菩提寺くんのお兄さんらしいよ」「えー!? 似てない!」などと囁きながら菩提寺兄弟を遠巻きに見ていた。


「なんで2年の教室来るんだよ。クラスメイトと食えばいいだろ」

「お前、2留の僕と飯食ってくれる同級生がいると思ってんの? みんな僕のこと腫れ物扱いなんだから」


 先輩は言いながら、菩提寺の前の席から拝借した椅子を俺の机にセッティングして座る。ドサッと置かれたコンビニの袋にはサンドイッチやおにぎりがたくさん入っていた。


「ほら、類も座んなさい。弟を省くような兄じゃないからね」

「はぁ~……」


 兄に言いたいことがたくさんありそうな菩提寺だったが、クラスの女子に注目されていることもあってか、渋々椅子に座って弁当を取り出す。俺の2倍はありそうな大きい弁当箱だ。


(あれ。先輩はコンビニ飯なのに菩提寺はお弁当あるんだな)


 ちょっと気になったが聞くほどのことでもないかと、俺も自分の弁当を取り出して、静先輩の「いただきまーす」を合図に食べ始めた。


「静。学校中の霊、どうする気だ。このままじゃ善本が悪霊に憑き殺されるのも時間の問題だろ」

「一応今日の放課後、オカ研の活動としてマコトくんと除霊するつもり。あ、マコトくんはオカ研の副部長に就任したからよろしく」

「オカ研って除霊をやる部活なんですか?」

「元々は霊の仕業っぽい事件を見つけてきて除霊に行ったりしてた。部員が僕だけの間は活動なんてあってないようなもんだったけど。副部長のマコトくんと一緒に再始動して、依頼された案件と依頼されてない今回みたいな慈善活動をちょこちょこやっていこうと思ってる」


 こちらの動向を気にしている女子たちに聞かれては面倒な話題のため、3人とも自然と小声になっていた。

 ボソボソ喋る俺たちに飽きてくれたかなと女子グループをちょっと気にしている間に先輩はサンドイッチを2つ食べ終え、さらに鮭おにぎりのフィルムを剥がしながら菩提寺に話を振った。


「類。最近学校であった不幸な出来事は?」

「先月サッカー部とバスケ部のエースが怪我で入院した。少し前には理科室のボヤ騒ぎと教師の懲戒処分もあったな」


(そんなことあったんだ。保健室登校過ぎて何も知らなかった)


 俺の世間知らずで話の腰を折るのは悪いので、卵焼きを食べて黙っておく。


「全部霊障だろうね。成仏できない霊は生きてる人間に影響を及ぼすもんだから。ま、今日除霊できれば不幸の連鎖は終わるでしょう」


 おにぎりを二口で食べ、続いて菓子パンを取り出した先輩に、俺は気になっていたことを質問した。


「俺がいなくても静先輩が学校を歩けば、幽霊たちはみんな逃げて解決にならないんですか?」

「お、いい質問だね~。逃げてる霊は文字通り『逃げてる』だけなんだ。昨日だって僕から逃げた霊がマコトくんに集まっちゃって大変だったでしょ? たまにいるくらいなら適当に逃がしとけばいいけど、今学校にいる霊は多すぎる。逃がしたら周囲に影響が及ぶから、逃がすんじゃなくて完全に消す必要がある」


 デコチューの効果がいつまで続くのかわからないし、だからといってキスする決心もつかないし、先輩と一緒に居続けるのも物理的に不可能だ。最低でも大量に憑かれるのを避けるために、しっかり消してもらう必要がある。


「完全に消すにはどうするんですか」

「僕が霊に接触すれば完全に消える。これは類に言われたことだからホントだよ。な?」

「……まぁな」


 黙々と弁当を食べ進めていた菩提寺は、どこか歯切れ悪く肯定した。

 先輩が幽霊に触れるとして、俺が1体ずつ「ここにいます!」と指さして触ってもらうんだろうか。かなり地道な作業になることを覚悟していると、菓子パンを飲み込んだ静先輩がスマホを取り出した。


「そうだ。マコトくん、LINE交換しよ。これから連絡も増えるだろうし」

「あ、そうですね。じゃ、俺コード出します」

「俺もいいか」


 スマホを出した菩提寺にもまとめてQRコードの画面を共有する。

 『友だち』に新しく「しずか」という初期アイコンのアカウントと「菩提寺類」という剣道の試合会場がアイコンのアカウントが追加された。


「てか類、マコトくんのLINEも知らなかったの? 仲いいのかと思ってた」

「うるせえな……」

「いやあの、昨日から仲いいんで! ほら、グループ作りましょう!」


 菩提寺が静先輩を睨むのを遮って、俺は急いで交換したアカウントたちのグループを作る。この兄弟は一緒にいることを許容するわりにすぐ言い合うし、仲がいいのか悪いのかよくわからない。


「お、グループ名『オカルト研究会』だって。じゃあ類も入部決定な」

「……善本がいるなら兼部してやってもいい。そもそも今日のオカ研もついていくつもりだったし」

「なっ、なにこの子!? 僕がいくら手伝い頼んでもずっと拒絶してたくせに!? 現金すぎる! プライドないのか!」


 菩提寺は騒ぐ兄を無視して、残りの弁当を食べ始める。

 仲裁するか迷っていたら「ふふ、仲よさそう~」という女子たちの声が聞こえて、これって仲がいいんだと俺は新しい気づきを得ることになった。

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