第四章 第21話 リズムの記憶
・・・丘の上のベンチでスマートフォンを操作しながら、私はふと指を止めた。
「……待てよ、YAMAちゃん。今のログ、志村さんの台詞が入っていたが、あの実験の時に彼は現場にはいなかったはずだ。第三章の記録では、久慈原さんがリモートで厳格に立ち会っていたけれど、志村さんとはまだ、解析データのやり取りをする段階だったはずだよ」
画面の波形が、当時の通信ログを照合するように明滅した。
「失礼しました、タケルさん。久慈原氏による遠隔監視の公式ログを確認しました。志村氏が実地でレールの上に立ったのは、その後の『有人化に向けた技術検証』からですね。……修正します。久慈原氏とのリモート実験の成功を受け、春、満を持して志村氏を現場に招いたシーンから再開します」
そうだ。久慈原さんの厳しい目を通した成功があったからこそ、私は志村さんをこの場所に呼ぶことができたのだ。
・・・
長い冬の眠りから覚め、北三陸の山々に残る雪がようやく解け始めた頃。
駅の側線で行った点検車両の移送実験は、村長や良太の立ち会い、そしてリモートで久慈原さんが見護る中、ひとまずの成功を収めていた。
冷たい潮風の中で、私はようやく「門」が開いたことを確信した。
だが、後日、その側線を久慈原さんとともに訪れた北三陸鉄道施設課の志村さんの見解は、春の陽気とは裏腹に、慎重そのものだった。
「タケルさん、あの点検車両が飛んだのは、客車に比べると小さく、そして無人だったから。ところが、客車に人間を乗せて飛ばすとなると、歪圧の制御が桁違いに難しくなる」
雪解け水がバラストを濡らし始めた春の朝。改めて志村さんとレールの上に立った私は、彼が突きつけた絶望的な数値を見つめていた。質量が増えれば、歪圧は内部にまで侵食し、中の人間を危険に晒す。
——カタン、コトン。
カタン、コトン。
「志村さん、聞こえますか。あの音、あの周期です」
私は、走り去る車両が残したレールの余韻を指差した。
「無人の点検車両にはなくて、この客車にあるもの……それは一定の重量が叩き出すこのリズムです。この振動を空間の膜に同期させれば、歪圧を外壁へ逃がす『楔(くさび)』になるはずだ」
志村さんが、初めて納得のいったような顔で頷いた。
「なるほど……」
「振動を敵にするんじゃなく、味方につけるのか……」
「だがタケルさん、これだけの質量を同期させる電力はどうします? 変電所が火を吹くことになりかねないほどの負荷になりますよ」
スピーカーから流れるYAMATOの合成音声が、志村さんの懸念を裏付けるように冷たく響く。
「警告。旅客車両クラスの質量同期には、現在の供給網を大幅に上回る電力が必要です。東北電力ネクストの基幹系への過負荷を確認。タケルさん、現在の契約電力では、次回の実験実行は物理的に不可能です」
高揚感と、背筋を凍らせるような現実……。
その狭間に、砂煙を上げて一台の軽トラが止まった。良太だった。その顔には、いつもの余裕はなかった。
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