雨は涙よりも冷たく
@Dabun_souko
第1話 立志
「魔王討伐隊大隊長兼勇者を、アルモス・フュメドに任命する!」
ジェイル王が王笏を振りかざしながら叫ぶ。それに対して、民衆が呼応するように叫ぶ。ビリビリと、地を唸らし、空気が揺れるのを感じた。
その身に抱えきれないほどの歓声を受け、鳥肌が止まらない。
「アールモス!アールモス!アールモス!」
手拍子と共に自身の名が呼ばれる。小さな子どもは目を輝かせながらアルモスを見つめ、老人の中には涙を流し、地に膝を付ける者すら現れた。
この少年は何かを変えてくれる。
そんな期待を、受け止めきれるのだろうか。
いや、やるしかないんだ。
「さぁ、アルモスよ。何か言葉を民衆に授けるのじゃ」
王が一歩身を引き、アルモスの背中を押して民衆の前へと立たせる。
人々の顔がより鮮明に見えるようになった。
ドッと、また一段と声援と拍手が大きくなる。
ブルブルと足が震え、歯はカチカチと上手く噛み合せることが出来ない。武者震い、緊張。
ごくりと唾を飲み込み、口を開く。
「僕が魔王を倒し、この国に平和をもたらす勇者だ!今日から泣く者はいない!悲しむ者はいない!この国に忍び寄る悪意を!魔の手を!僕が!全て切り払ってやる!」
* * *
ジェイル王国はおよそ二十万人が暮らす小さな国だ。近隣には、武力のレルンド帝国、智力のデラキズム公国、そしてその他の小さな州が織り成すリュベッケ合衆国がある。そして、この世界の約半分の領土を支配し、人間たちの住む大陸までも手にしようと目論む魔王も存在する。
人間同士、それぞれの国が自分たちの領土を拡大しようと、他国の領土を狙いあっていて、さらに魔王から放たれる魔物も相手にしなければいけない。幸い、ジェイル王国は山で囲まれているので他国が攻めてくることはない。よって魔王から放たれる魔物に専念できるというわけだ。
おかげでアルモスは小さな頃から対魔王討伐青少年隊訓練生となり、勇者になるための訓練に励むことができた。
しかし、つい先日、リュベッケ合衆国に位置するカンビル州が魔王の放った刺客によって落とされた。
カンビル州はリュベッケ合衆国の中で唯一天然資源が採れる地域だったので、合衆国は大打撃を受けた。
その隙に興じてレルンド帝国がリュベッケ合衆国の首都、イジョルニア州へ攻め込み、陥落。その政治機構を乗っ取り、さらに国の領土を拡大させた。
今まではレルンド帝国とデラキズム公国の力関係はほぼ互角だったが、レルンド帝国がリュベッケ合衆国を取り込むことにより、戦力差が拡大。
デラキズム公国は厳しい戦いを強いられることになった。
* * *
レルンド帝国は魔王から放たれた魔物を鹵獲、研究、そして洗脳をして、最強の兵隊に仕上げている。
昔からそんな噂が流れていた。
今回のリュベッケ合衆国への刺客は、実は魔王からではなく、レルンド帝国からなのではないか?
そんな議題がジェイル王国、デラキズム公国両首領の会談に投げ掛けられた。
しかし、調査すべくレルンド帝国へ派遣されたデラキズム公国の視察団は全て死亡、もしくは行方不明に終わった……
* * *
時間が経っても治まらない身体の震えは、ドアノブを握ることさえ困難にした。
「こんなに緊張するの……初めてかもな」
力無く笑いながら何とかドアを開け、家の中へ入る。
目を瞑ると、声援や拍手が聴こえてくる。
代々受け継がれた勇者の剣を机に置き、式典中に着ていたマントを脱いで壁に掛ける。
式典はドレスコードのため、マントの下に着ていたスーツを脱ぐ。圧迫されていた身体が解放され、全身に血が巡るような感覚が気持ちいい。
そのまま倒れ込むようにベッドへ寝そべる。天井の木目を眺めながら感傷に浸る。
「僕が……勇者か」
夢を見ているみたいだった。
右の手のひらを握り、開く。この手で守る命は、とても重たい。
大きく息を吸い込む。
何かが圧迫するように、上手く息を吸えない。
勇者になった理由、ジェイル王国民の為でも、レルンド帝国、デラキズム公国、リュベッケ合衆国の為でもあるが、一番は私怨だ。
ベッドから立ち上がり、棚に置いた写真を見る。幼いアルモスの横には小さな女の子、その二人の肩を抱くように二人の大人がいる。四人とも、眩しいほどの笑顔だ。
一度手を洗ってから外へ出る。敷地に生えていた小さなピンク色の花を摘んで、しゃがみこむ。
「お母さん、お父さん、メルル、僕が勇者になったんだ。みんなの仇、とるからね」
庭先の小さな墓石に花を供えて、アルモスは誓った。
そこには、何も眠っていないのに…
* * *
「にしても……険しいな」
対魔王討伐隊がジェイル王国を出発して五時間は経った。
今現在討伐隊は山を越えている。
ジェイル王国は大陸の北西に位置し、その周りは山で囲まれている。
山から流れる川は大陸途中で二股に別れて横断し、北西のジェイル王国、大陸北部のレルンド帝国、大陸南部のデラキズム公国、そして中洲のようになっているリュベッケ合衆国だ。だが、リュベッケ合衆国は今はもうレルンド帝国に呑み込まれている。
大陸の周りは海に囲まれており、さらにその周りを大陸が囲んでいる。その大陸は魔王が全て掌握し、何らかの方法で魔物たちに海を横断させ、大陸へと攻めてきているのだ。
アルモス率いる魔王討伐隊は、まずは海に出るために山を登っていた。
鳥のさえずりや小枝を踏む音が心地よいが、如何せん険しい道だ。アルモスの鎧は魔王の攻撃に耐えうる硬度を持つ、とされているのでとても重たい。腰には長剣、背中には盾を背負っている。
正直、まだまだ魔王の住処であるソンジョウの荒地までは距離があるので、鎧を脱いで登山装備に替えてもいいのだが、ごく稀にこの山にも魔物の姿が確認されることがある。
アルモスにとっては並大抵の魔物は敵では無いのだが、念には念をだ。魔王を倒すための旅なのに、魔王に辿り着くことすらできないのでは意味が無い。
その時、遠くから砲撃の音が聞こえた。
「くそっ、もうそんな時間か!」
レルンド帝国とデラキズム公国の戦争は毎朝ちょうど九時に始まる。開戦の合図は必ず一発の砲撃からだ。
基本、ジェイル王国内にはなんの危害もないが、山に流れ弾が落ちることもある。アルモスはその流れ弾に警戒した。が、警戒をしていたところでだ。砲撃が飛んでくると気が付いた時には既に喰らっているだろう。
「隊長!なぜ戦争地に向かうんですか!逆方向の山を登って海へ出ればいいのではないですか!?」
中部隊を歩く部下が不満を口に出す。他の新人も薄々思っているようで、部下の意見に同意だという表情をしている。
部隊の編成は縦に長く、前方にアルモス含む精鋭部隊、中部隊に新人、後続には移動手段に長けた連絡部隊、周りの警戒をする偵察部隊、そして精鋭部隊だ。前後を精鋭で挟むことにより、奇襲に備えている。
「川に沿って海に出ないといけないんだ。反対側の海には魔物が住み着いている。船を狙われたら俺たちは対抗手段がないんだ。戦争地だと相手は人間だ。しかも、陸戦。海よりは勝機があるだろう?少々遠回りだとしても、安全な策を取ろう」
気を取り直し、アルモス一行は海へと向かった。
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