第3話 お父さんが亡くなられたのよ

 雨は東京競馬場の緑を湿らせていたが稍重を示していた掲示板は良馬場へ変更されようとしていた。


この日の第5レースに用意されていた障害レースは面白そうなので観てから帰宅しよう。障害レースは何が起きるかわからない波乱を含ませている。 見る者にとっては面白いのである。


 予想紙は一頭の馬に集中して◎が打たれていた。ロイスの当たり馬券だけでは2千円しか増えていなかったし、第1レースから第3レースまで負けに負けていたので、やっと増えた2千円を軍資金にして帳尻合わせをしようとした。


 結局、父から換金を託されていた先週の当たり馬券の払い戻し金も使い込んでしまい、午前中のレースを1勝4敗で帰宅する事にした。財布の中身がスッカラカンになってしまっていたので父に渡す金もない。自宅を通り越して銀行のATMに寄ってから帰宅した。今にして思えば父が遺体となって安置されている病院の前を通り越してお金をおろしに行った事になる。さらにコンビニに寄って500ミリリットルの缶ビールを2缶買って家路に向かった。


 夜勤明けでほとんど寝ていなかったので『ビールを飲んで眠り込もう』そう思っていた。


 自宅近くに借りていた月極駐車場にクルマを停めて我が家に向かって歩き出すと、玄関がなぜか開けっぱなしになっている。我が家の前ではご近所のおばちゃん二人が立ち話をしていた。


 「こんにちは」


私の挨拶に二人のおばちゃんが同時に振り向いた。


 「お父さんが亡くなられたのよ。今、前の厚生病院にいらっしゃる」


 意味が飲み込めなくて、と言うよりも現実が把握できないまま、通り過ぎたばかりの病院に向かって走り出した。なぜかこの時、私が思っていた事は『俺が蘇生してやる』だったが片手には缶ビールが入ったレジ袋をそのまま持って走っていた。

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