赤絨毯の客人 ―迎賓館怪異譚―

彼辞(ひじ)

第1話 迎賓館の怪談

 夏の夜、大学時代の友人に誘われて赤坂の迎賓館を見学したことがあった。観光客向けに公開される昼間ではなく、たまたま知人のコネで「夜間警備員の研修」に便乗できるという妙な機会だった。


 外観はヨーロッパの宮殿を思わせるほど豪奢だが、夜の光に浮かび上がると、どこか別世界のようで足がすくむ。内部に足を踏み入れると、煌びやかなシャンデリアや赤い絨毯が続き、かつてここで各国の要人が歩いたのだと思うと背筋が伸びた。


 案内役の年配の警備員が、ふと立ち止まって言った。

「この館には“決して一人で歩くな”という不文律があるんです」

 理由を聞くと、彼は笑ってごまかした。


 深夜、分散して巡回することになり、私は別の新人警備員と二人で広間を回った。ところが、気づけば相手の姿がない。呼んでも返事がなく、静まり返った回廊に自分の靴音だけが響く。


 その時、赤い絨毯の先に、ドレスをまとった女の影が立っていた。背を向け、ゆっくりと歩いていく。振り返れば顔が見えるはずなのに、なぜか“見てはいけない”という直感が強烈に働いた。


 必死に目を逸らし、逃げるように玄関へ戻った。ほどなくして相棒の警備員も現れたが、彼は「さっきまでずっと一緒にいたじゃないですか」と首を傾げる。私は言葉を失った。


 翌朝、退出する際に年配の警備員が小声で告げた。

「夜の館を歩くとね、時々“賓客”が戻って来るんです。外交のためにここで笑っていた人たちだけじゃなく、二度と帰れなかった誰かも――」


 振り返れば、迎賓館の窓に白い手がそっとかかっていたような気がした。

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