英雄は遅れてくるから英雄なのです

Side エミリア


夜が明けた。太陽の明るさが青空をどんどんと広げていく。

こんな風に空を見たのは何年振りだろうか?

今思えば、この八年はエレノアのこと、国のことばかり。自分のことなど二の次だった。例え失敗しても、最期となっても、自分の好きにしよう。

もう、後悔などない。


「マグリット。」


「はい、王妃様。行きますよ。」


「頼むわ。」


その瞬間、マグリットは窓を開け、そしてその前に居た男一人を切りつけた。驚きのあまり、もう一人は悲鳴を上げながら尻もちをついた。


「間抜けね。」


彼女の冷え切った声。倒れた男の首に手刀を食らわせて気を失わせた。手際の良さに口が開いてしまいそうになったが、頑張って閉じた。


「王妃が逃げたぞ!!」


「もう一人もいない!!」


物音と、男の悲鳴の所為か、すぐに見つかった。

それでいい、どんどん焦ってくれればいいの。


「王妃様、庭園近くの広間に行きましょう!!」


「ええ!!」


彼女は敵兵を切り倒しながら走り出す。彼女のように戦えはしないが、走ることはできる。追いかけてくるもの、道を阻むもの、全てを彼女が開いていく。でもその表情に焦りが浮かんでいるのは分かっていた。

その様子に気取られた瞬間、脚がもつれた。


こんな時にっ!!


思ったよりも勢いよく地面に滑り込んだ。先を走っていたマグリットが目を丸くする。


「王妃様っ!!」


マグリットが目の前の男の剣を薙ぎ払おうと必死になっている。その先に見えたものに目を丸くした。銀の髪を乱しながら走る男。その紫色の瞳と視線が合う。


走馬灯ってこういう時に見えるのね。


そんなことを思いながら彼に手を伸ばした。もしかしたら触れるかもなんて思いながら。


「エミリア!!」


響いた声。最後に名前を呼んでくれるなんて、幸せかもしれない。瞬間、弓の撓る音。目の前の男の後ろで弓を構えていたのは自分の護衛騎士。銀の髪が私を越えて、背後のモノを切り捨てた。


「え、エドワード、様?」


地面から立つことを忘れてその名前を呼んだ。彼はホッとしたような表情を浮かべて、そして視線を合わせるように跪いた。包まれた手の暖かさに、これが現実だと理解した。


「ほん、もの?」


「ああ、エミリア。迎えに来たよ。」


やっとの思いで絞り出した声に彼は優しく答える。ああ、ダメだ我慢できない。そう思ったときには遅く、ボロボロと涙が零れだした。昔と変わらぬ手つきで優しく包み込んでくれる彼の腕に縋った。もう、涙の止め方を忘れたようだった。


「お二方、申し訳ないんですが、ここ戦場なので後にできませんか?」


急に響いたのはギルベルトの声にハッとして、思わずエドワード様から離れようとしたが、エドワード様は強い力でそれを阻止した。


「まあ、アーウィン卿。そこは邪魔せず守りきるのが騎士でございましょう?」


そう言いながらも男をなぎ倒して戦うマグリット。何故か兵士たちが青い顔をしていた。周りにどんどんと兵士が増えていく。やっぱり兵士が分散していたのだと思った。明らかにエドワード様の連れて来た兵士が少ない。そう思って彼の顔を見るが、彼の顔に焦りはない。


「まずいですわ、王弟殿下!!すぐに王妃様を連れて離脱くださいっ!!」


焦るようなマグリットの声。私の目から見てもこれは不味いと思った。しかし、エドワード様は動くことなどなかった。それどころか、笑みを浮かべている。


「大丈夫だ、そろそろ来るはずだ。」


それとほぼ同時だった。地鳴りのような音が響く。視界の先で、大きな土煙が立ち上る。そしてその土煙に靡きながらはためく三つの旗。


二つの剣を重ね合わせた紋の旗は王弟直属騎士団。


城壁に月の紋の旗はウォール辺境伯騎士団。


そして、昔から何度も見ている私の故郷、麦と鳩の紋の旗、キャンベル侯爵騎士団。


その先頭を駆けているのは、ここ数年見慣れた我が国の宰相・ケルビー侯爵だった。


その瞬間、敵兵たちからは戦意が消えていった。


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