第2話 動画が長いのクソダルい

 わたしのTSUDAYA 菅波駅ホーム前店が近々閉店する。呼吸する場所がなくなる。生命維持装置がなくなる。

 まだ死にたくない。生きるための手段。ライフハック? が必要だ。

 TSUDAYA 菅波新たな我が家インター前店にどうしたら少しでも長く滞在できるか。滞在時間が長ければ長いほど新たな漫画との出会いが広がる。

 電車は高ェ、バスも高ェ、車がネェ、自転車ネェ、そもそも乗り方教わってネェ。

 移動手段はこの両足のみ。

 答え、一個しかないわ。

 歩く。今までより速く。ダルいけどそれだけ。

 

 親のパソコンで(スマホなどない)WeTubeを開き、『速く歩く 方法』と検索すると色々出てきた。再生数もまぁまぁ多い。速く歩きたい人が世界にこれほどの数いるとは知らなかった。

 ザッとスクロールしていった中で、奇妙な文字列が目に引っかかってマウスホイールを回す指を止めた。

「元ごりん……いつわ? 選手が教える速く歩くための方法」

 五つの輪と書いてごりん? いつわ? どっちでもええけど。なんか気になる。“もといつわ”選手という、知らんけど多分きっと歩くのが速いのだろう人がなんかええ感じでライフをハックしてくれることを期待したい感じになった。

 再生……と思ったらこれ長いな! 十五分て! 普段ショート動画しか観んから!

 一瞬悩んだが、でも再生する。十五分を犠牲にして速く歩けるならコスパええし。

『はい、毎日歩ってますか? 元競歩オリンピック選手の赤荻健二あかおぎけんじです』

 いや、“もといつわ”ちゃうんかーい。オリンピックのことかーい。これには意表を突かれた。てかなん、オリンピックて。観たことないわ。五輪って書いてオリンピックと読むとか知らんし。ダルいわ運動とか。

 とまれなんでもいい。速く歩ければそれで。

「はい、毎日歩ってます。もといつわ……赤荻選手。元選手。わたしは真下歩夢ましたあむといいます。十五歳のなりたてJKです。自分でJKって言うの似合わんすぎ草。です。TSUDAYAが遠くなりすぎてマジダルいのでなんでもいいから速く歩けるようにしてください後生ですからなんでもしますから」

 家で一人の時は、動画の中の人と気持ち悪い会話をしてしまう癖が抜けない。マシタさんですね……などと返してくれるわけもなく画面の中の赤荻氏はマイペースで話し続けている。人と話すのダルい。何言っても返ってこないのラクだ。

『僕は現役時代の経験を活かして、皆さんに速く歩くための方法を伝授しています。動画の他に、直接教える教室も開催していますので、宜しければリンクからホームページを確認していただくようお願いします』

「あの、赤荻元選手。前置き長いっす。もっとサクッといかないと再生数伸びないですよ? あと教室はどうせタダじゃないから行かないです。カネないんで」

 ダルい進行に若干イラつくがまだ耐えられる。

『さて、速く歩くためのポイントは五つあります。ご自身の歩きがこれらを意識できているか、チェックしてみましょう』

 おっきた。わたしは再生速度を半分に下げて一言一句聞き逃さないよう準備する。そうそうポイントだけ教えてくれたらええんで。

『一つ目、前傾姿勢。二つ目、かかと着地。三つ目、腕振り。四つ目、骨盤を使って歩く、最後、踏み出しを小さくする。この五つです。これから私の歩く姿勢を見せますので、鏡を使うなどしてご自身の歩き方と比べてみてください』

 うん聞いただけじゃさっぱりわからん。

 しかし、この人の会話テンポ、クソダルいわーマジで。

『では、まずは前傾姿勢からです。真似してみてください』

「まぁ、やってみんとわからんわな。頼みますよ、赤荻元選手」

 ダルいけど立ち上がった。いやホント頼みますよ。もう五分は浪費してるんで!

 

 ……次の瞬間、わたしの目に飛び込んできたのは、奇怪な姿勢で歩く赤荻元選手の姿であった──。

「……正気っすか?」

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