第4話

完成した五十本の回復ポーションを木箱に入れ、私はプルンと一緒にギルドへと向かった。

朝早い時間にもかかわらず、ギルドの中はすでに出発前の冒険者たちでいっぱいだ。

私が中に入ると、何人かの冒険者がすぐに気づいて声をかけてきた。


「おおっ、ポーション屋のお嬢ちゃんじゃないか。」

「もしかして、ポーションができたのか。昨日は買えなかったんだ、今日は頼むぜ。」


その声に、ギルド中の視線が私の持つ木箱に集まる。

熱気に満ちた視線に少し照れながらも、私はカウンターにいるバルトさんの元へ向かった。


「バルトさん、おはようございます。約束のものを、半分ですが持ってきました。」


そう言ってカウンターの上に木箱を置くと、バルトさんは驚いたように目を見開いた。


「おいおい、もうできたのか。しかも、五十本もか。一晩中やったのか。」


「少しだけです、でも設備を整えていただいたおかげでとても順調ですよ。」


バルトさんは木箱から一本取り上げ、光に透かしてじっと眺めた。

その美しいこはく色と、どこまでも澄んだ透明度に感心したようにため息をもらす。


「すげえな、これを一晩で五十本も作ったってのか。しかも、どれも品質がまったく同じだ。不純物が一切ない、まるで工芸品のようだな。」


彼のほめ言葉に、周りの冒険者たちも身を乗り出してくる。

みんな、早くそのポーションが欲しいという顔をしていた。


「それで、だ。一番重要なことを聞かなきゃならん、こいつの値段はいくらにする。」


バルトさんの言葉に、あれほど騒がしかったギルドの中がしんと静まり返った。

冒険者たちにとって、値段は何よりも重要な問題だ。

誰もが、息をのんで私の言葉を待っている。


「そうですね、少し考えさせてください。」


私は、少し考える。

このポーションの性能を考えれば、王都の高級品と同じかそれ以上の値段をつけてもいいはずだ。

一般的な低級ポーションが、銀貨五枚。

王都の宮廷錬金術師が作る高級品なら、金貨一枚はするだろう。

しかし、私の目的は金もうけだけではない。

このポーションで、この町の冒険者たちを助けたいのだ。

そして、偽りの聖女と追放された私の力の価値をこの世界に証明したい。


「バルトさん、この町で売られている普通の低級回復ポーションはおいくらですか。」


「ああ、品質が悪くて気休めにしかならねえやつなら銀貨五枚が相場だな。」


「でしたら、このポーションは一本、銀貨八枚でお願いします。」


私の言葉に、バルトさんは飲んでいたエールを盛大にふき出しそうになった。


「は、はちぃ、銀貨八枚だと。エリアーナ、あんた正気か。」


周りの冒険者たちも、信じられないという顔でざわめき始める。


「安すぎるぞ。」

「あの性能で銀貨八枚は、冗談だろ。金貨一枚は覚悟してたのに。」

「普通のポーションと、三枚しか変わらねえじゃねえか。ありがてえ。」


無理もない、反応だろう。

バルトさんは、低い声で私にたずねた。


「エリアーナ、本気で言ってるのか。こいつは金貨一枚、いや二枚で売ったって誰も文句は言わねえ代物だぞ。あんたのもうけが、なくなるだろうが。」


「いいんです、材料費や工房の維持費を考えればそれで十分利益は出ますから。それに私はこのポーションを、一部のお金持ちだけじゃなくこの町で頑張る冒険者の皆さん全員に使ってほしいんです。」


私の言葉に、バルトさんはしばらく黙り込んでいた。

彼は私の目をじっと見つめ、やがてその口元に満足そうな笑みを浮かべた。


「はっ、そうきたか。お嬢ちゃん、あんたは見かけによらず大したやつだ。気に入ったぜ、よし分かった。あんたの心意気、このバルトが受け取った。」


バルトさんはそう言うと、カウンターを軽々と乗り越えて私の隣に立った。

そして、冒険者たちに向かって大声で宣言した。


「てめえら、聞いたな。この『エリアーナ特製・高性能回復ポーション』、本日より販売開始だ。値段はなんと、銀貨八枚だ。ただし、多くのやつに行き渡るよう当面は一人一日一本までとする。欲しいやつから、カウンターに並べ。」


その言葉をきっかけに、冒険者たちが「うおおおおっ」という地鳴りのような叫び声を上げた。

彼らは、カウンターに殺到した。

あっという間に長い列ができ、用意した五十本のポーションはものの数分で売り切れてしまった。


「す、すごいわね。」


私はその光景に、ただただあっけに取られる。

ポーションを買えた冒険者は、まるで宝物のように小瓶をにぎりしめ満面の笑みを浮かべている。

一方で、買えなかった冒険者は本気で悔しそうな顔で床をけっていた。


「ははは、見たかエリアーナ。これが、あんたのポーションの力だ。」


バルトさんが、満足そうに笑っている。

その日の午後から、ギルドには驚きの報告が次々と舞い込んできた。


「ギルドマスター、聞いてくれ。エリアーナさんのポーションのおかげで、フォレストウルフの群れを無傷で狩れたぞ。いつもなら誰かケガするのに、今回はかすり傷を受けた仲間がすぐに回復してな。」


「俺なんか、オークに腕を折られかけたんだ。でも、ポーションをかけたら一瞬で骨がくっついたんだぜ。あのゴリゴリっていう感触のあと、すーっと痛みが引いていったんだ。」


「副作用が、まったくないのがいいな。これまでのポーションは、使うと体がだるくなったもんだ。だけど、エリアーナさんのやつはむしろ力がわいてくるようだ。」


ギルドの酒場は、私のポーションの話題で持ちきりだった。

冒険者たちは、口々にその効果をほめたたえ私を見つけると感謝の言葉をかけてくれる。

中には、依頼の報酬で手に入れたという珍しい果物をくれる人までいた。


「ありがとう、エリアーナさん。」

「あんたは、この町の救世主だぜ。」


追放されて以来、初めて受ける純粋な感謝の言葉だった。

胸が、じんわりと温かくなるのを感じた。

工房に戻った私は、残りの五十本を仕上げ翌日もギルドに納品した。

もちろん、それもその日のうちに売り切れた。

私のポーションは、フロンティアの冒険者にとってなくてはならない必需品になりつつあった。

回復ポーションの生産が、うまく進み始めたある日。

私は、次の段階に進むことを決めた。

冒険者たちの声を聞くうちに、新たな願いが見えてきたからだ。


「バルトさん、少しご相談があるのですが。」


私は、ギルドの執務室でバルトさんに向き合っていた。


「おう、どうした。何か、困ったことでもあったか。」


「いえ、そういうわけではないんです。新しいポーションを、作ってみようかと思いまして。」


「新しいポーションだと、本当か。」


「はい、冒険者の皆さんから色々な要望を聞きました。長距離移動で体力がもたないとか、夜の視界が悪くて奇襲されることが多いとか。私の知識を使えば、そういった問題を解決できるポーションも作れるかもしれません。」


私の提案に、バルトさんの目が輝いた。


「そりゃ、本当か。そんなものができたら、冒険の範囲が大きく広がるぞ。」


「はい、ただそのためには今使っている薬草とは別の特殊な材料が必要になります。中には、魔物の素材もいるんです。」


「なるほどな、でどんな材料が必要なんだ。」


私は、あらかじめリストにしておいたメモをバルトさんに渡した。

そこには「スタミナ回復ポーション」の材料として、「疾風鳥の羽根」と「岩トカゲの肝」が記されている。

さらに「暗視ポーション」の材料として、「月光草」と「洞窟コウモリの眼球」も書き加えてあった。

これらは全て、昔の薬学知識とこの世界の生き物に関する本を読んで得た知識を組み合わせたものだ。

きっと、効果が期待できると判断したものだった。


「ほう、疾風鳥の羽根はともかくとして岩トカゲの肝やコウモリの目玉なんざ。今までは、討伐しても捨ててた部分だぞ。本当に、こんなものが役に立つのか。」


「はい、私のやり方なら有効な成分を抜き出せます。特に月光草は、夜にだけ淡く光るという珍しい植物です。強い魔力の反応を示しますから、きっと暗視効果のカギになるはずです。」


私の説明に、バルトさんはふむとあごに手を当てて考え込んでいる。


「面白い、実に面白いな。よし、分かった。その材料、ギルドで依頼を出して集めてやろう。報酬はギルドが持つ、エリアーナは開発に集中してくれ。」


「いいんですか、本当に。」


「当たり前だ、これも投資だって言っただろう。あんたが作る新しいポーションが、この町にどれだけの利益をもたらすか。考えただけで、わくわくするぜ。」


話はすぐにまとまり、バルトさんは早速ギルドの依頼ボードに私が指定した素材の採取依頼を貼り出してくれた。

報酬も、通常の採取依頼よりかなり高くしてくれたらしい。

依頼が出されると、腕利きの冒険者たちがすぐに食いついた。

私のポーションの、絶大な効果を身をもって知っている彼らだ。

新しいポーションの開発に、協力的だった。

それに、これまで価値がないと捨てられていたものがお金になるのだから彼らにとっても悪い話ではない。

数日後、工房の扉がコンコンと控えめにたたかれた。


「はい、どうぞ。」


扉を開けると、そこに立っていたのは猫の獣人のようなしなやかな耳としっぽを持つ女性冒険者だった。

確か、ギルドで何度か見かけたことがある。

見張りを、得意とする腕利きの冒険者のはずだ。


「あなたがエリアーナさん?。ギルドの依頼の品、持ってきたわよ。」


彼女がそう言って差し出した革袋の中には、依頼していた月光草が入っていた。

それは、夜の光を吸い込んだように淡い青色の光を放っていた。

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